風 カオル『名前だけでもおぼえてください』

風 カオル『名前だけでもおぼえてください』

あわよくば読んでください


 今回執筆した『名前だけでもおぼえてください』は、漫才師が主人公です。デビュー作も笑いに関する物語だったので、よほど好きなんだなと自分にあきれるばかりです。

 

 2015年に出版されたデビュー作『ハガキ職人タカギ!』では、笑いに含まれる悪意について触れました。そのころは今ほどコンプライアンスが叫ばれておらず、ピンときていない人も多かった印象です。ヒロインを不美人にした理由もいろんな人から尋ねられ、「そんなにヒロインをブスにしちゃ駄目なのか!」と、いささかショックを受けたりして。しかし、おそらく今の時代だと違和感なく読めるのではないでしょうか。この7年でそれほど笑いをとりまく環境は変わりました。

 昨今、人を傷つけない笑いという言葉を耳にします。容姿いじりをしない。性的な言葉でからかわない。肉体的苦痛を与えない。

 心を踏みにじられる人が減るのは理想的です。一方で、ただ気に食わないから叩いているだけではと感じることもあります。たぶん今、日本中の漫才師やコント師が最善を模索しているのでは。ただでさえ笑いは鮮度が命なのに、さらに扱いがむずかしくなっているようです。

 

 さて、ようやく本題の『名前だけでもおぼえてください』について話しましょう。いやあ、長かった。「紅」の間奏くらい長かった。

 本作の主人公・保美は漫才師ですが、売れていないのでお笑い一本では生活ができません。ホームヘルパーの仕事にありつき、そこで突飛な行動をとる老人・賢造と出会います。保美はだんだん彼に魅了され――というのが冒頭です。

 7年前よりさらにコンプライアンスが厳しくなった世界で、ではどこまでなら笑いになるのかを考えながら書きました。とどのつまり、相手に対してどこまでふところ深くいられるか。それはコンビ間の話でもあり、漫才師と客の話でもあります。保美は賢造と過ごす時間のなかで、自分なりになにかをみつけたようです。

 

 なんだかまとまりのない文章になってしまいました。ひとことで表現できないから、物語を紡ぐ事態になるわけで。ちょっとでも気になっていただけたなら、それこそタイトルだけでもおぼえていただけたなら幸いです。あわよくば読んでいただけると、さらに幸せになります。

 


風 カオル(かぜ・かおる)
1981年大分生まれ。短大卒業後、県の臨時職員、古書店、100円ショップアルバイトなど様々な経験を経て、『ハガキ職人タカギ!』で第15回小学館文庫小説賞を受賞。2014年11月に同作でデビュー。著書に『ラーメンにシャンデリア』『漫画ひりひり』などがある。

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名前だけでもおぼえてください

名前だけでもおぼえてください
著/風 カオル

◎編集者コラム◎ 『モーツァルトを聴く人』詩/谷川俊太郎 絵/堀内誠一
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