アメリカのベストセラー最新事情紹介と注目の作品をクローズアップ!|ブックレビューfromNY【第8回】
NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情。今が旬のテレビプロデューサーが小説家に!?注目の一作をピックアップして紹介します。
<第8回>《エミー賞》に輝くテレビ・プロデューサーが小説家に
BEFORE THE FALL / by Noah Hawley
Grand Central Publishing, May 2016. 391ページ. US$26.00
今月のベストセラー事情
今回の「ニューヨーク・タイムズ ベストセラー事情」は、ハードカバー・フィクション部門のトップ10 (2016年7月3日の週)を紹介しよう。
1.END OF WATCH
By Stephen King
Scribner
「ビル・ホッジス三部作」シリーズの完結編。警察を定年退職し、相棒のホーリーと私立探偵事務所を開いたビル・ホッジスは膵臓癌で1ヶ月の命と宣告される。ミスター・メルセデスと呼ばれたブラディ・ハーツフィールドは前作でロックコンサートの爆破を計画したが、ホッジスとホーリーによって阻止され、頭に傷を負い植物状態になってしまった。実はブラディは驚異的な回復をしているがそれを隠している。回復しただけでなくマインドコントロールの超能力をも持ってしまったブラディは、ホッジスが余命1ヶ月ということを知らず、超能力を使ってホッジスに復讐をしようとする。
(ベストセラー2週目)
2.FOREIGN AGENT
By Brad Thor
Emily Bestler/Atria
シリアで、イスラム国(IS)のソーシャル・メディア担当部長襲撃を計画していたアメリカの秘密オペレーション・チームは作戦実行の直前に逆に攻撃され壊滅的打撃を受けた。その惨状を映した映像はインターネットで世界中に流され、アメリカ議会や政府は作戦の情報をイスラム国側にリークした犯人探しに躍起になる。この作戦にかかわっていたスコット・ハーヴァスは疑惑の真っただ中に置かれ、情報リークの犯人探しのために独自の行動をとらざるを得なくなった。そして次第に暴かれていく想像を絶した陰謀。「スコット・ハーヴァス」シリーズ15作目。
(ベストセラー初登場)
3.THE GIRLS
By Emma Cline
Random House
1969年の夏、カリフォルニア北部、物思いにふけりがちな孤独な少女、エヴィ・ボイドは公園で不思議な少女の集団を見かけ、すぐにその中の年長の少女スザンヌに魅了されていった。スザンヌの属するカルトとカリスマ的なカルト指導者に次第にのめり込んでいったエヴィは、恐ろしい危険に近づいていくことに気付かなかった。シャープな切れと洞察力に満ちた心理スリラー。
(ベストセラー初登場)
4.TOM CLANCY: DUTY AND HONOR
By Grant Blackwood
Putnam
2013年に他界したトム・クランシーの小説の主人公ジャック・ライアンの息子、ジャック・ライアン・ジュニアが主人公。ジャックは「キャンパス」と呼ばれている秘密諜報グループをすでに退職させられているにもかかわらず命を狙われる。誰に狙われているかを探るうちに、ドイツ特殊部隊の元隊長で現在は私企業の警備会社を率いているジャ-ゲン・ロストックの名前が浮かび上がってきた。慈善家であり人権擁護運動家としても知られているロストックの危険な素顔が次第に暴かれていく。
(ベストセラー初登場)
5.HERE’S TO US
By Elin Hilderbrand
Little, Brown
ローレル、べリンダ、スカーレットの3人は二つだけ共通点がある。有名シェフのディーコンを深く愛し結婚したことと、おたがいに徹底的に嫌いあっていること。なるべく顔を合わさないようにしていた元妻たちだったが、ディーコンが亡くなり、彼の最後の願いで3人はディーコンお気に入りの夏の別荘で再会する羽目になった。夏のナンタケット島(マサチューセッツ州)を舞台にした心理スリラー。
(ベストセラー初登場)
6.THE GIRL ON THE TRAIN
By Paula Hawkins
Riverhead
レイチェルは毎日同じ通勤電車に乗る。ある日、電車から外のショッキングな場面を目撃してしまう。警察に見たことを通報したのだが・・・。ロンドンを舞台にした心理スリラー。
(ベストセラー75週目)
7.AFTER YOU
By Jojo Moyes
Dorman/Viking
ミリオン・セラーだった前作“Me Before You”の続編。前作で身体障害者の金持ち青年ウィルを愛した主人公のルイザ・クラークは、ウィルの死後、生きる意味を見いだせずにいる。ルイザはこれから新たな一歩を踏みだせるのだろうか?
(ベストセラー17週目)
8.BEFORE THE FALL
By Noah Hawley
Grand Central
8月の終わり、避暑地のマーサズ・ヴィニヤードからニューヨークに向かったチャーター機が、出発から16分後に墜落した。乗客・乗員11人の搭乗者のうち生き残ったのは2人だけだった。墜落の真相を巡り、報道がヒート・アップするテレビ・メディア界。
(ベストセラー3週目)
9.THE LAST MILE
By David Baldacci
Grand Central
“Memory Man”と呼ばれる記憶力抜群の警察官エイモス・デッカーが主人公の第2作目。殺人犯メルビン・マースは死刑執行の直前に執行猶予になった。FBI特殊タスク・フォースに採用されたデッカーはこの件の調査をすることになった。
(ベストセラー9週目)
10.THE EMPEROR’S REVENGE
By Clive Cussler and Boyd Morrison
Putnam
「オレゴン・ファイル」シリーズ11作目。銀行ハッキングによって消えてしまった銀行口座を取り戻すため、オレゴン号の船長ファン・カブリーヨはCIA時代の友人と一緒にハッカーを突きとめた。そしてこの銀行ハッキングは、大量殺人と世界経済のメルトダウンをもくろむ陰謀のほんの序章にすぎないことを知った。陰謀のきっかけは何か? 200年前ナポレオンがロシア侵攻した時、ある衝撃的な文書が盗まれた。それが原因になっているのか?
(ベストセラー3週目)
先月のベストセラートップ10に入っていた本で、今月のリストにも入っているのは2作品(“The Girl on the Train”, “The Last Mille”)だけだ。今週、初めてベストセラー入りした作品は4作品もある。ベストセラー・リストの出入りは結構激しい。10位の”The Emperor’s Revenge”は3週間前、初登場で1位を獲得したが、すでに10位になっている。“The Girl on the Train”の75週ベストセラーというのは、素晴らしいロング・セラーだ。
ジャンルを見ると、引き続きサスペンス・スリラー・ミステリーが圧倒的だ。9作品がこのジャンルになる。それ以外の作品は“After you”だけだ。純文学的な作品は一つもなくて、軽めの読みやすい本ばかりという印象。
先月同様、シリーズものや続編が目につき、6作品ある(“End of Watch”、“Foreign Agent”,“Tom Clancy: Duty and Honor”, “After you”、“The Last Mile”、“The Emperor’s Revenge” )。トム・クランシーが作りだしたジャック・ライアン・シリーズにも主人公の長男として登場するジャック・ライアン・ジュニアは、クランシーの死後、別の作家によって新たなシリーズの主人公としてよみがえっている。固定読者を持つ人気主人公のシリーズはリスクの少ない商業的に安定した出版になるので、何としてでもシリーズを続けていこうとするのだろう。
避暑地のナンタケット(“Here’s to Us”)やマーサズ・ヴィニヤード(“Before the Fall”)を舞台にした小説がベストセラー入りしているのも夏という季節柄だろうか。
《今が旬》のテレビ・プロデューサー
本コラム筆者が選んだ1冊は、ノア・ホーリーの“Before the Fall”だ。3週続けてベストセラー入りしていて、今週は8位だが、最初の週は2位、先週は5位だった。この作品はホーリーの5作目の小説だ。彼は小説家としてはあまり知られていないかもしれないが、テレビ・映画界では今を時めくプロデューサーだ。彼が制作したテレビ・ドラマ・シリーズ「ファーゴ」(1996年の同名映画のテレビ版)は、商業的にも大成功、2014年にエミー賞、ゴールデン・グローブ賞ほか各種の賞を受賞している。「ファーゴ」はシーズン2が終わり、シーズン3は2017年に放送予定となっている。
ノア・ホーリーは1967年ニューヨーク市に生まれた。父親はビジネスマンだったが、母親はノンフィクション作家、母方の祖母は脚本家だった。双子の兄弟のアレックスはテレビ番組のシナリオ・ライターだ。ホーリーは1989年サラ・ローレンス大学を卒業後、ニューヨークで法律関係の仕事、その後サンフランシスコの法律事務所でコンピューター・プログラマー兼パラリーガルとして働いた後、テレビ、映画界に入っていった。
最初の小説“A Conspiracy of Tall Men” を1998年に出版して以来、2004年、2008年、2012年にも作品を書き、今年5月に5作目の“Before the Fall”を出版した。
墜落
マーサズ・ヴィニヤード[1]の飛行場でOSPREY 700SL型の贅沢なチャーター機が乗客の到着を待っているところから物語が始まる。まず到着したのが、飛行機をチャーターしたデイビッド・ベイトマンとその家族、妻のマギー、娘のレイチェル(9歳)、息子のJJ (4歳)、そして家族のボディーガードのギル・バルークの5人。次に到着したのは、ベン・キプリングとその妻サラ、そして最後に画家のスコット・バローズが到着した。飛行機は2015年8月23日、日曜日の夜10時少し過ぎに離陸、ニューヨークに向かった。そして16分後、飛行機はレーダーから消え行方不明になった。
最初のニュースは、翌月曜日の早朝、乗客の一人、スコット・バローズが、4歳の男の子、ベイトマン家の息子JJを連れて、ロング・アイランド[2]のモントーク[3]の海岸に泳ぎ着き、病院に保護されたことだった。この時点で飛行機の墜落は確実な事となった。
次第に飛行機の破片が海上で見つかり始め、火曜日には最初の遺体がロング・アイランドの浜に打ち上げられ、次の日には2人目の遺体も見つかった。しかし飛行機の本体がなかなか見つからず、飛行データやパイロットの会話を記録したブラックボックスも見つからないので、事故の原因究明に関しては進展がない状態が続いた。残りの乗客・乗員に関しても何の手がかりもなかった。
乗客のデイビッド・ベイトマンが高視聴率を誇るテレビ・ネットワーク会社の創立者・会長で、同乗していたベン・キプリングはウォール・ストリートの大物投資家ということもあり、事故の原因に関して、いろいろな憶測が取りざたされた。単なる事故か、それともテロか、何らかの陰謀か?
メディアの過熱した報道合戦が始まった。特に尖峰的だったのが、犠牲者であるデイビッド・ベイトマンのテレビ・ネットワークの人気アンカーマン、ビル・カニングハムだった。彼は自分のボスが犠牲になった墜落を、事故の3日後には「これは事故ではなく、殺人である」と言い切った。
メディアは最初、4歳のJJを救ったスコットを英雄視して大騒ぎになった。JJは自分を助けてくれたスコットを慕っていたが、母親マギーの妹エレノアにとりあえず引き取られていった。アルコール中毒から立ち直りつつあった売れない画家のスコットは、大騒ぎのメディアの前に出る気になれず、彼の絵に興味を持った画商(世界的な金持ちの一人娘)の自宅に隠れた。
スコットが姿を隠したことで、ビル・カニングハムの攻撃はスコットにも向けられた。売れない落ちぶれた画家のスコットが、金持ちたちの乗った飛行機に同乗できたのは、デイビッド・ベイトマンの妻マギーと愛人関係だったからではないか? そして、マギーの死後、今度はJJを使って、マギーの妹エレノアに近づこうとしていると言い出した。JJを引き取ってから、JJの膨大な遺産に目がくらんだエレノアの夫ダグは、カニングハムのテレビ・インタビューに応じて、スコットが妻のエレノアを誘惑しようとしていると証言した。
秘密
物語はNTSB(国家運輸安全委員会)のガス・フランクリンをリーダーとし、FBIなども参加したチームによる機体や遺体の捜索活動を時間軸に置きつつ、事故の関係者一人一人の墜落前の状況を解き明かしていく。そこには、さまざまな隠された事実があった。大物投資家ベン・キプリングは、イランや北朝鮮などと不法な金融取引をしていた疑いで逮捕直前だった。デイビッド・ベイトマンは、実は報道のために違法な電話盗聴を繰り返していたビル・カンニングハムを番組から降ろすことを決断していた。そもそも、なぜベイトマン家には住み込みのボディーガードが必要だったのか? スコットが墜落現場から子供を連れてロング・アイランドまでの距離を泳ぎ切ることができたのはなぜか?
事件を追うカニングハムにつられるように、読者もますます墜落は事故ではなく、何らかのテロか陰謀だと疑いを持つ展開だ。
あまりにひどいカニングハムの攻撃に業を煮やしたスコットは、ついにカニングハムの要求にこたえ、テレビ・インタビューに応じた。スコットは自分の過去や墜落後の行動に関しカニングハムと対峙していくうち、カニングハムがスコットの電話を違法盗聴していた事実をあぶり出し、カニングハムは墓穴を掘っていくことになる。
一方、NTSBチームはついに海中に沈む機体を発見した。同時に、機内で行方不明の6人の乗客・乗員の遺体を発見、ブラックボックスを回収した。その結果、事故直前の機内の様子が明らかになり、一挙に墜落の真相は解明される――。
著者のイタズラ?
ところで、これは物語の本質とも事故の原因解明とも関係はないことなのだが、筆者は本書を読み終えて、一ヶ所、腑に落ちないことがあった。気になってインターネットで検索してみると、案の定、他の読者からも疑問点として指摘されていた。NTSBは合計8遺体(事故のすぐ後に2遺体、そして事故機内で6遺体)を回収したが、搭乗者は合計11人だったので、1人の遺体が見つかっていない(スコットとJJの2人は生還)。それはベイトマン家のボディーガードのギル・バルークだ。著者が伏線回収を忘れたわけではなさそうである。なぜなら、この本には亡くなったすべての搭乗者に関して生まれた日と死亡した日の記述があり、ギル以外の8人の亡くなった日は事件当日の2015年8月23日、ところがギルに関しては8月26日と書かれているのである。ギルは墜落後3日間生きていた(“Gil survived for 3 days after crash”)のかという疑問が持ち上がっているのは当然で、著者はそう設定しているようなのだ。しかし、本の中には説明は一切なく、出版社や著者からの解答は今のところインターネット上でも見つかっていない。イスラエル人のギルは中東戦争を生き延びてきて、《神のみが彼を殺すことができる》とまで言われていた《レジェンド》的な不死身の男という設定なので、もしかして、3日間どこかで生き延びていたのでは? と想像する読者は、本コラム筆者以外にもいるようだ。
“Before the Fall” は、今一番《ホット》なテレビ・プロデューサーによって書かれたサスペンス小説だ。が、単なるサスペンス以上に、人間性の追求、芸術とは何か、希望や意志の持つ力、そして、金持ちたちのダークな面や暴走するメディアの危険性などに踏み込み、洞察力と示唆に富んだ深い人間ドラマになっている。
ソニー・ピクチャーズは、すでにこの小説の映画化の権利を買い取り、作者のノア・ホーリー自身が脚本を担当する契約を結んだと報じられている。小説の翻訳とともに、日本のファンにも楽しみだろう。
[1]ケープ・コッドの南海岸沖に位置する米国マサチューセッツ州の島。夏の避暑地として知られている。
[2]米国ニューヨーク州南東部に位置する島。
[3]ロング・アイランド(サフォーク郡)の南海岸の東端に位置する町。
佐藤則男のプロフィール
早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。
1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。
佐藤則男ブログ「New Yorkからの緊急リポート」
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初出:P+D MAGAZINE(2016/07/14)