『進撃の巨人』アメリカ版・「北欧神話」を題材にした作品がヒット |ブックレビューfromNY【第16回】
前月以来、新しく登場した小説は6作品、そのうち2作品“Lincoln in the Bardo”、“Heartbreak Hotel”は今週初登場だ。ロングセラーとしては黒人奴隷制度がテーマの作品、“The Underground Railroad”はベストセラー28週目に入っている。そのほか“Two by Two”, “The Whistler”がそれぞれ20週目と17週目に入っている。
アメコミ作家、SF・ファンタジー小説家、脚本家
今回はニール・ゲイマンの“Norse Mythology”(北欧神話)を紹介する。ベストセラー2週目で2位になったが、先週は初登場で1位だった作品だ。
作者のニール・ゲイマンは1960年イギリスのハンプシャー州ポートチェスターでポーランド系ユダヤ人の家に生まれた。イギリス人で、現在は米国ミネソタ州ミネアポリスに住んでいる。
1980年代、ゲイマンはジャーナリストになるべくインタビュー記事やブックレビューを書いていた。作家としてのデビュー作は1984年に書かれたイギリスのロック・バンド「デュラン・デュラン」の伝記だった。そして次第にコミック本に連載を書くようになった。“Sandman”はコミックの代表作。彼は『DCコミック』や『マーヴェル・コミック』に連載を持ち、今やアメリカン・コミック界を代表する原作者の1人だ。
一方、最初の小説“Good Omens”は1990年に出版された。以後、SF、ファンタジー分野のベストセラー小説(例えば“American Gods”, “The Ocean at the End of the Lane”)を相次いで出版、数々の文学賞も受賞している。
1996年に書かれたダーク・ファンタジー小説“Neverwhere” はBBCテレビドラマシリーズになった。彼の作品の多くが、ドラマ化や映画化されている。彼はまた多くのテレビ、映画の脚本も執筆している。
2016年9月、ニール・ゲイマンは北欧神話を語る本を執筆していることを公表、“Norse Mythology”(北欧神話)は2017年2月に出版された。
北欧神話
ゲイマンはもともと神話に影響されたファンタジーやSF小説、コミック、脚本を書いてきた。そして今回は神話そのものを語る作品に挑戦しているわけだが、なぜ最もポピュラーなギリシャ神話ではなく北欧神話なのか? 前書きで彼は、いろいろな神話のなかで北欧神話が一番好きだと述べている。7歳くらいの時、アメリカのコミック本でマイティ・ソー(Mighty Thor)の冒険に触れて以来、もっと知りたいと思ったという。そしてRoger Lancelyn Greenの『北欧人の神話』(Myths of Northmen)を読み、コミックとの違いに戸惑ったという。コミックで描かれているソー(トール)[2]は強いだけでなく金髪でハンサムな神として描かれているが、グリーンの「神話」ではトールは力持ちではあるが、単純であまり頭が良いとはいえない赤い髪の毛とひげを持つ大男の神だった。
ゲイマンは北欧神話を次のように定義づけている。
「長い冬の夜と夏の白夜がある寒冷地の神話であり、全面的に神を信頼していないし、そんなに好きでもないのだが、神に敬意を表し恐れてもいる人々の神話だ。《アースガルズ[3]の神》の話はドイツで始まり、スカンジナビア一帯やバイキングが支配した地域(オークニー諸島、スコットランド、アイルランド、イングランドの北部)に広がった。」
北欧神話に登場する主な神は、オーディン(Odin:すべての神のなかで最高位の神)、その息子で雷神トール(Thor)、そしてロキ(Loki:オーディンと義兄弟の契りを結んだ血盟者(Blood brother)、トールの友人であり裏切り者でもある)。
初めに氷と冷たい霧で覆われた世界ニヴルヘイム(Niflheim)と、炎が燃えさかる世界ムスペル(Muspell)があった。炎が冷たい氷に触れた時、巨人ユミル(Ymir)と雌牛が創り出された。北欧神話に登場する《すべての父親》と呼ばれているオーディンを含め、神々、人間、巨人は先祖をさかのぼればこのユミルと雌牛にたどり着く。
北欧神話の世界は、平べったい円盤の様なもので、周りを海が取り囲んでいる。そして9つの世界から成り立っている。アース神族が住んでいるアースガルズ(Asgard)には、オーディン、トール、ロキなど多くの神が住んでいる。ヴァナヘイム(Vanaheim)にはヴァン神族が住んでいる。このほかに人間の住んでいるミズガルズ(Midgard)、エルフ(妖精)の住む世界、小人が住む世界、巨人の住む世界、氷と霧の世界ニヴルヘイム、炎の世界ムスペル、そして死者の世界ヘル(Hel)だ。9つの世界は《世界樹》(ユグドラシル“Yggdrasil”)によって繋がれている。
作者ゲイマンは、北欧神話の始まりや世界樹、9つの世界について述べた後で、北欧神話の様々なエピソードを独立した短編物語として語っている。オーディンは、飲めば知恵を得ることができるという泉の水を飲むために、泉の管理人で伯父の巨人ミーミルに片目を代償として差し出したというエピソード[4]や、オーディン、トール、豊穣の神フレイが持っている宝物、例えばトールの持っているミョルニル(Mjollnir)と呼ばれるハンマーは、ロキが自分のいたずらのしりぬぐいのために小人を騙して作らせたものだというエピソード[5]など興味深い話が次々と語られる。なかでも“Master Builder”と題されたエピソードは、巨人(Giants)やトロール(Troll=超自然怪物)からアースガルズを守るためにどうしたらよいかという神々の話し合いの時、オーディンがひとこと「壁!」と言い放ち、旅の建設請負人に壁を作らせたという話で、今も昔も外からの侵入を防ぐのは《壁》なのかと、にやりとする読者も多いと思う。
エピソードを順番に読み進むと、オーディンや息子のトール対ロキの関係がだんだん険悪なものになっていくことに気付く。ロキは、オーディンとBlood brother (義兄弟)の契りを結んでいるので、もともとはオーディンとロキは同盟者だった。トールとロキは一緒に巨人退治に行ったり、トールのハンマーがオーガ(Ogre=鬼のような怪物)に盗まれた時は、ロキの計略でハンマーを奪い返すために花嫁とその侍女に変装したりした[6]。トールはロキの悪ふざけや計略に怒ったりしながらも友人であり仲間同士だった。ロキは複雑な性格で、良くいえば自己中心的、悪くいえば邪悪な心を持っていた。
ロキは妻のシギュン(Sigyn)との間に2人の息子がいた。しかしそのほかに巨人のアングルボザ(Angrboda)との間に3人の子供がいて、息子ヨルムンガンド(Jormungundr)は毒を持つ大蛇だったので、オーディンによって海に放たれた。娘のヘル(Hel)は顔の右側はピンクの頬とグリーンの目、ふっくらとした唇の可愛い女の子だったが左側は死人の顔だった。そのためオーディンによって死人の世界に送られ、そこの支配者となった。もう1人の息子は大狼に成長し、神たちに騙されて決して切れない魔法の紐グレイプニル(Gleipnir)で縛られてしまった。[7]
[2]北欧神話の雷神Thorはアメリカン・コミックに登場する時は、日本語では英語読みの「ソー」と表記され、北欧神話で表記されるときは「トール」と表記される場合が多い。
[3]北欧神話で、アース神族が住んでいる世界。
[4]“Mimir’s Head and Odin’s Eye”
[5]“The Treasures of the Gods”
[6]“Freya’s Unusual Wedding”
[7]“The Children of Loki”