【ランキング】アメリカのベストセラーを発表!ブックレビューfromNY<第17回>

“Gentleman in Moscow”は18週目のロングセラーになっている。先月レビューした“Norse Mythology” はベストセラー・リスト6週目、そして“Lincoln in the Bardo”は5週目に入っている。

そのほかは今週初登場の4作品(“Cutthroat”, “The Devil’s Triangle”, “In This Grave Hour”, “Without Warning”)と2週目になる3作品(“Dangerous Games”, “Exit West”, “Silence Fallen”)など、新しい作品が並んだ。

ジョージ・ソーンダーズ

今月選んだ作品はジョージ・ソーンダーズの“Lincoln in the Bardo”だ。ソーンダーズは1958年テキサス生まれ。短編小説・エッセイ作家。現在母校シラキュース大学の教授でもある。“Lincoln in the Bardo”はソーンダーズにとって初めての長編小説だ。

ソーンダーズは今まで9冊の本を出版、数々の賞やフェローシップを受けている。例えば2013年に出版された短編集“Tenth of December”はフォリオ賞(英語のフィクション部門)、ストーリー賞(Best short-story collection部門)などを受賞している。

ノンフィクションでもソーンダーズはベストセラーを出している。シラキュース大学の2013年卒業式でのスピーチは全文がニューヨーク・タイムズのウェブサイトに掲載され、その後ランダム・ハウス社によって“Congratulations, by the way: Some Thoughts on Kindness” というタイトルで出版され、ベストセラーになった。[2]

リンカーン大統領と墓地の幽霊

ソーンダーズの最新小説“Lincoln in the Bardo”は、作者が傾倒しているチベット仏教の影響を強く受けている。タイトルで使われている言葉“Bardo”はチベット語の《バルド 》に由来し、仏教の《中陰》や《中有》とも通じる。死者が今生と後世の中間にいる状態を指す。この小説では、リンカーン大統領の息子ウィリーの病死という歴史的事実に基づき、深夜、息子の棺の前で嘆き悲しむリンカーンの姿に動揺し、感動する彷徨える魂(幽霊)が描かれている。

本作は独特のスタイルを持っている。当時の文献からの引用文を組み合わせることで、歴史的背景・状況を説明する。文献は新聞、本、関係者の手紙、リンカーン家の使用人の証言記録、墓所の番人の日誌など様々だ。そして葬式の後、深夜、地下埋葬室を訪れ悲しみにくれて棺の蓋を開け、息子の遺体と向き合うリンカーンを取り巻く大勢の幽霊たち(リンカーンには幽霊が見えない)の会話や語りを通して、リンカーンの様子、幽霊になった息子のウィリーの心の動揺、そして、それぞれの幽霊が語る、生きていたときの様子を読者は知ることになる。死者は短い《バルド》状態を経て、無事あの世に旅立つのが普通だが、この墓地にはいろいろな理由であの世に旅立つことが出来ず、《バルド》状態のままの沢山の魂(幽霊)が漂っていた。

大勢の幽霊が次々と登場するが、彼らはまさにリカーンの生きた時代の民衆の姿そのものだ。母親、独身男、学者、ピクルス製造業者、兵士、殺人者、レイプ被害者、そして黒人もいる。そのなかで3人の幽霊がメイン・キャラクターとなる。ハンス・ヴォルマンは46歳の時、落ちてきた天井の梁の下敷きになって死んだが、若く美しい妻との結婚に未練を残している。同性愛嗜好のロジャー・ビヴァンズ3世は心を寄せていた友人のギルバートに裏切られてリストカットで自殺を図った。途中で心が変わり生きたいと思ったが、すでに遅すぎて出血多量で死んでしまった。3人目の牧師エヴァリー・トーマスは穏やかに死への旅路を歩んでいたが、《地獄》を垣間見てしまったため、《バルド》に逃げ帰り、そのままの状態にとどまっている。

息子のウィリーの死を悲しみ、苦悩したリンカーンはウィリーの遺体に話しかける。それを見ていたウィリーの霊は父親に抱きつこうとしてリンカーンの体内に入り込み、一体化してしまう。そしてウィリーは、父の深い愛情と息子の死を信じたくないという気持ちを感じ取ったのだった。ウィリーはリンカーンの最後の言葉、「また来るからね」を信じ、《バルド》から抜け出ることが出来なくなってしまった。

《バルド》状態で地下埋葬室の屋根にとどまっている幽霊のウィリーは、だんだんやせ衰えて憔悴し、しまいには屋根に絡まる蔓に手足を取られ身動きが取れなくなってしまった。それでも、「お父さんがまた来ると言った」とそこから一歩も動かない。父と息子の深い絆や愛情に感動した3人の幽霊、ヴォルマン、ビヴァンズ3世、トーマス牧師は《バルド》状態にとどまり苦悩するウィリーを救うために懸命になる。

そんなある時、リンカーンが再び墓地を訪れた。何としてでもリンカーンを地下埋葬室まで来させて、ウィリーの幽霊と再会させなくてはと、ヴォルマンとビヴァンズ3世は墓地中の幽霊を総動員する。今まで自分のことしか関心がなかった幽霊たちは、一つの目的のために協力することを初めて経験し興奮した。その甲斐あってか否か、リンカーンは地下埋葬室まで来た。しかし「ウィリーはもう死んでしまって心安らかにあの世に行ってしまった」と信じようとしているリンカーンは、棺の蓋を開けることもなく、幽霊のウィリーがリンカーンと一体化する間もなく埋葬室から去ってしまった。絶望するウィリーを見てトーマス牧師は最後の手段に出る。ウィリーを蔓から解き、抱きかかえて一目散にチャペルにいるリンカーンのところに走り、ヴォルマンとビヴァンズ3世の助けを借りて、ウィリーとリンカーンを一体化させた。

再び父の思いを感じ取ったウィリーは呆然と、「お父さんは、僕のことを《死んだ》と言った」とつぶやき、憑き物が落ちたように、自分の死を納得したのだった。その直後、あっさりとあの世へ旅立った。

ウィリーが去った後しばらくは、墓地の幽霊たちの非日常的な興奮は続いた。ヴォルマンやビヴァンズ3世を含め多くの幽霊は、自分自身を見つめ直して前世に対する未練を断ち切り、心安らかに《バルド》から去っていった。しかし、その他の多くの幽霊は相変わらず《バルド》にとどまり、徐々に《バルド》の日常が戻りつつあった。

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この小説は、歴史的文献の引用で構成された章と、幽霊たちの会話や語りの章が組み合わさっている。それ以外、作者の説明は一切ない。歴史的文献で構成された章はノンフィクション、そして幽霊たちの会話や語りの部分は超自然フィクションで芝居の脚本を読んでいるような印象を受ける。このアンバランスな両方の部分(ノンフィクションとフィクション)が織りなす不思議なソーンダーズの世界に、初めは戸惑う読者も徐々に引き込まれていくことだろう。

[2]日本では『人生で大切なたったひとつのこと』というタイトルで2016年に翻訳出版されている。

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。
1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。
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初出:P+D MAGAZINE(2017/04/15)

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