辛酸なめ子「お金入門」 14.株主の推し活? 株主総会に出席

辛酸なめ子「お金入門」14
類いない感性で世相を活写しつづける辛酸なめ子さんが、お金と仲良くなって金運をアップするべく模索する日々を綴ります!

 心のどこかで憧れていた株主総会。一定数の株を保有していれば参加できます。各社6月がピークで、この頃になるとテレビでも株主総会のニュースがよく流れています。たまに「怒号が飛び交う株主総会」「大荒れの株主総会」といった見出しを見かけることがあり、緊張感漂う現場だと拝察していました。

 例えば2025年は、経営再建中の日産自動車の株主総会では、「役員報酬が高すぎる!」などと怒号が飛び交っていたそうです。元タレント中居正広氏の問題などで揺れているフジ・メディア・ホールディングスの株主総会も、「誠意が伝わらない!」などの怒号が飛んでピリピリした空気に。そんな中、一人の株主が「『PSYCHO-PASS サイコパス』というアニメの新作の予定はありますか」と、自分の好きな作品について質問し、空気が少し和らいだ、というニュースを目にしました。メンタルが強ければ役員に直接自分の意見が言える貴重な機会です。

 株式会社サンリオの株主総会では、小学生から心温まる提案があったそうです。質疑応答タイムに「サンリオかわいいホテルをつくってほしい」という提案があったとのこと。ネーミングセンスも最高だし大人には出てこない発想です。この提案に対し、サンリオ側からは「今後、もっとお客様に楽しんでもらえるような企画や運営体制を考えています」と前向きな回答が。株主総会で建設的な提案をしたら、いつか現実になるかもしれません。参加して意見まで述べているということはこの小学生も株主なのでしょうか。好きな会社を応援しながら、新たなアイディアを提案するとは、かなりのやり手です。サンリオもこの小学生を将来社員として迎え入れるべきかもしれません。

 日本の会社の株も少ないながらいくつか保有しているので、私も一株主として参加する権利があります。株主総会に先駆けて、心の準備で「個人投資家説明会」というものに参加してみました。SBIホールディングスが株主向けに開いている「インフォメーションミーティング」です。会社の業績や今後の展望についての説明など、中身は株主総会と似ています。主な登壇者は代表取締役会長 兼 社長の北尾吉孝氏。フジ・メディア・ホールディングスの社外取締役候補になって、その後否決されましたが、その率直な発言が話題になった方です。この名物社長が登壇し、語りまくる「インフォメーションミーティング」は、東京、大阪、名古屋で開催。〝インフォミ〟はもはやファンミのツアーのようです。

 私は東京会場の「The Okura Tokyo プレステージタワー『平安の間』」に向かいました。株主総会も、各社ホテルニューオータニとかザ・プリンス パークタワー東京とか、一流ホテルや大きなホールなどで開催されることが多く、資金力のすごさや企業のスケールを実感。株主総会はお土産がない場合が多いようで (あっても水だけとか)、今回の「インフォメーションミーティング」はお土産まであるのがありがたいです。北尾社長の著書と、健康サプリがもらえて、それだけでも好感度が高まります(と言いながらそのあとSBIホールディングスの株は売って利益確定してしまいましたが……) 。

 1500人は入る広い会場で、前には北尾会長が座っていました。まずは「2025年3月期連結業績の概況について」の報告がありました。「収益は前期比19.3%増の1兆4437億円となり、過去最高を更新」「連結税引前利益は同99.4%増の2823億円」「親会社所有者帰属持分当期利益率(ROE)は12.8%」など、景気が良い話が次々と出てきて、兆や億の単位が飛び交います。12.8%というのは、競合の他社よりも高く、なかなかすごい数字だそうです。セグメント別業績でも、金融サービス事業、資産運用事業、暗号資産事業などで過去最高の収益が。年間配当金も前期比10円増の1株あたり170円になりました。出た利益は配当や株主優待で還元する、という方針のようです。そして海外での展開の予定も……。素晴らしい業績について語るうち、最初は弱々しく感じられた北尾会長の声が力強くなっていきました。

 続いて「Key Questions」というテーマで「SBIグループが過去5年間に飛躍的な成長を遂げた主要因」などについて語られました。「顧客中心主義の徹底」および「企業生態系の形成」「徹底的にデジタル技術を導入した戦略」、が主な要因だそうです。自社の素晴らしさを語る合間に、ちょいちょいフジテレビ批判が飛び出しました。体制がよくないとか、今回の騒動で文春の記者に狙われた、とか。「哲理哲学、思想がないところに成功はない」とのこと。北尾会長のカリスマ感が伝わる独演会のようなイベントです。質問コーナーでは、優しそうな若い女性が挙手し、会長の健康を心配していると話していました。それに対し、会長は、毎日水素を吸引しているなどの自身の健康法について語りました。やはりこのイベントはファンミなのかもしれません。ちなみにSBIホールディングスの株は、売った直後に2000円ほど爆上がりしてしてしまいました……。お土産に感じた会長の人情を信じて、もっと長期的に推し続ければよかったです。

 そもそも、株を買うときはその会社の姿勢や商品が好き、という動機もあるので、どこか推し活と通じるものがあります。友人も「孫さんのファン」と言ってソフトバンクグループの株を買っていました。6月に入ると、各社から「定時株主総会 招集ご通知」が届くのですが、薄い冊子を開くと1ページ目に代表取締役社長の「ご挨拶」と写真が掲載されている場合があり、この社長は推せるか推せないか、という思いが一瞬よぎります。

 そんな中、参加してみたのは「株式会社ゆうちょ銀行」の定時株主総会。写真を見たら、社長がわりと若くてシュッとしています。おかげさまで株はじわじわ上昇していて、ポジティブな気持ちで参加できそうです。会場はザ・プリンス パークタワー東京のコンベンションホールです。

 暑い中、会場に到着すると、クーラーが効きまくっていて外の気温とのギャップが激しいです。壁ぎわにスーツ姿の社員の方々が並び、株主が入ってくると静かにおじぎして迎えてくれました。郵便局員姿のスタッフは、なぜか敬礼でお出迎え。株主意識が高まります。パンフに「株主さまへのお土産はご用意しておりません」と明記されていましたが、郵便ポストのパッケージデザインのレアなミネラルウォーターが配布されました。

 ステージには椅子が並んでいて、代表執行役社長をはじめ、取締役の方々が厳粛な表情で着席しています。元国営だからかカッチリした雰囲気。株主よりもだいぶ高いステージの椅子から見下ろされている感じですが、エリートオーラを放っているのでこの位置関係も受け入れてしまいます。会が始まると、まず社長から、日本郵政グループが顧客の非公開金融情報を同意なしで利用した件でお詫びの言葉がありました。「重く受け止めサービス向上につとめます」とのこと。それにしてもこの件が株価にほとんど影響しなかったのが不思議です。

 株主総会は、監査報告、事業報告、今後のビジネス展開、24年度の事業の経過や成果、といった流れでした。SBIの北尾会長のようなキャラ立ち感や刺激的なトークもなく、淡々と進んでいきます。監査報告、事業報告に関しては「当方ウェブサイトに掲載の通りでございます」と、サクッと省略。業績については、こちらも良いようでした。業績は上方修正され、純利益は4143億円。581億円の増益だそうです。まじめ系の会議ではいつも眠くなってしまうのですが、「セレクトセール」と同じく、億単位のお金の話が潜在意識にインプットされていきます。

 ゆうちょ銀行のパーパスは「お客様と社員の幸せを目指し、社会と地域の発展に貢献する」だそうです。ゆうちょ通帳アプリなどでお客さまの利便性を高め、効率化でコスト削減。投資信託のラインナップも拡充しています。サステナビリティに関しても、環境の負荷低減、温室効果ガスを減らす、脱炭素に向けた取り組みをしているとのこと。お客様のニーズに応えるサービスの拡充を目指している、と社長は語っていました。それにしても、エコロジー意識が高いにしては冷房が効きすぎです。22度くらいの体感で、寒すぎてお腹が痛くなってきました。

 続いて株主の質問コーナーが。「株主還元方針についてDOE(純資産配当率)のほうが配当性向(連結)より適切ではないか」と、いきなりハイレベルな質問が来ましたが「今後様々な観点から検討して参ります」と淡々と回答。並んでいる役員の方々から、専門的な人が選ばれて答える形式でした。「ショッピングセンターのATMで、無料だと思っていた時間外手数料が取られて、操作途中で知ると裏切られた思いになる」という意見に対しては「わかりやすくお伝えできるようつとめてまいりたいと思います」と、そつない回答が。続いて初老男性が「金利もインフレデフレの長い期間、銀行はしんどいところを耐えてきたというのもある。ゆうちょ銀行は数字の上ではプラスになっている。でも、還元のところでは……」とろれつが回っていない感じで長々と話し出し「株主様、ご発言は要点を簡潔にまとめてくださいますようお願いします」と軽く諫められていました。要は配当金をもっと上げてほしいということだったようです。また別のおじさんも、ろれつが回っていない口調で「手数料をタダにする方向について考えられたこはとありますか? 私は前から自治会にゆうちょのファンドは信用できるよって言っているのですが……」と要領を得ない感じで恩着せがましく話していました。やはりゆうちょブランドは手堅いからか中高年齢層に支持されていますが、配当を増やせとか手数料を無料にしろとか、注文が多い株主です。役員の人は回答するとき「株主様」と表現するのですが、一人うっかり「株主が……」と言ったように聞こえる瞬間もあり、本音が出てしまったのかもしれません。

「ご発言のある株主様、挙手をお願いします」と呼びかけられるたび、私が一番訴えたかったのは「寒すぎるので部屋の温度を上げてください」ということでした。スーツ姿の役員の方々には適温なのかもしれませんが……。おかげでそのあと風邪をひきました。丁寧に見えて株主に対してどこか上から目線で、質問の回答もクールなゆうちょ銀行。逆にこんなSっぽいキャラの会社を推したくなる人もいそうです。

今月の一言

株主総会は推し会社や経営者に会えるファンミーティングのようなもの。推し変したくなったらフレキシブルに株を売るのも良いです。

 

辛酸なめ子「お金入門」14 イラスト

(次回は10月24日に公開予定です)

 


辛酸なめ子(しんさん・なめこ)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『新・人間関係のルール』『大人のマナー術』『煩悩ディスタンス』などがある。
Xアカウント@godblessnameko

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