辛酸なめ子「お金入門」 16.はじめてのヨーロッパ旅行で感じた為替レートの壁

先日、ついにはじめてのヨーロッパに行ってまいりました。現地では3泊、移動時間が約2日間という3泊5日の弾丸旅行です。友人たちがサグラダ・ファミリアに行く計画を話しているのを聞いて、一生に一度は行きたかったのでめったにないチャンスと思い、便乗させていただくことに。予定が決まったところで、ネットで航空券やホテルを予約。まず、驚いたのはヨーロッパへの渡航時間の長さ。ロシアのウクライナ侵攻の影響で、欧米や日本の航空会社はロシア上空を飛べず、迂回ルートだからか20時間前後かかります。とくにバルセロナまでは直行便がないためトランジットが必須で、乗り継ぎの時間もあります。時間や予算を検討し、エティハド航空を予約しました。夕方成田から出発して12時間ほど飛んで夜中にアブダビ着。トランジット2時間を経て、アブダビからバルセロナまで約8時間飛んで、朝7時半着という便です。その後、友人と待ち合わせて午後のサグラダ・ファミリア観光に参加できます。スペイン渡航費は航空券や諸税を合わせて約13万円。その後、LCCでパリに移動して2泊し、日本に帰国するという流れです。昨今、航空会社は機内持ち込み手荷物の個数制限が厳しいところが多く、手回り品が大きめのバッグなので念のため個数を追加したり、席を指定したりしているとどんどん加算されていきます。だんだん合計額がわからなくなってきましたが、飛行機代やホテル代合わせて40万円以上はかかっている感じです。
旅行日が近付くにつれて初ヨーロッパなので緊張感が高まり、何事もなく行って帰ってこられるか心配になってきました。よく聞くのがヨーロッパでの盗難の多さ。周りの人も何人もスリに遭ったり荷物ごと盗まれたりしています。治安が良い日本では荷物を置いてカフェの席をキープすることもありますが、海外ではNGです。他に何に気をつけたら良いのでしょう。バルセロナでご一緒する友人が、現地の人に聞いた情報によると、とにかく観光客は狙われるので細心の注意が必要だとか。バッグはジッパー付きで、さらにジッパーは常に手で持って開けられないようにするか、2つの引き手をカラビナでとめるのがおすすめ。レストランでは荷物から目を離したら2秒で盗られるので、後ろには置かず膝の上に。スマホを出すと盗られるので、ストラップをつけて持つか、外ではなるべく見ないこと。3人組が近付いてきたら警戒すること。など、常時油断できないようです。不安なある日、ヨーロッパに行き慣れている若い帰国子女の女性にアドバイスをいただきました。「隣にいる人より盗られにくい格好をしていれば大丈夫。私はバッグの上にジャケットを着てます。パリでは現地の人は機嫌悪そうな顔で歩いているので、怖い顔で早歩きするのもおすすめ」とのこと。最後は「ハート。大丈夫」と励まされました。高級時計やブランド品を身につけると狙われるそうですが、それは心配なさそうです。
ユニクロでジッパー付きのバッグを買い、さらにスマホにつけるストラップやカラビナも購入。準備もお金がかかります。そしてついに当日を迎えました。行きは一人でトランジットもこなさなければなりません。異国情緒あふれるエティハド航空で、まずは成田からアブダビまでフライト。深夜の空港で、薄暗い中、椅子でじっと乗り継ぎ便を待つのかと思っていたら、到着して驚きました。空港内はブランドショップから飲食店、お土産店まで何もかもオープンしていてギラギラした照明を放っていたのです。グッチ、フェンディ、ボッテガ・ヴェネタ、コーチ、ケンゾー、オメガ、アディダス、スタバにバーガーキングなどが真夜中なのに通常営業。日本の空港は夜はほとんど閉まっていますが……。中東の経済の勢いを感じながら、物価をチェック。カフェの看板はアイリッシュコーヒー75AED(3075円)、プレッツェル25AED(1025円)、マクドナルドのビッグマックは23AED(943円)と店によってバラつきはありますが、やはりお高めです(1AEDは41円で換算)。 前半のフライトでもらったミネラルウォーターを飲みながら乗り継ぎまでの時間を過ごしました。
そして朝早くバルセロナに到着。ここからはユーロの世界です。1ユーロはだいたい180円で、十数年前は100円前後だったことを考えるとかなりの上昇。たぶん日本の円が沈んでいるのでしょう。バルセロナ・エル・プラット空港でラテを飲んだら4.5ユーロ。810円なので空港価格と思えば許容範囲です。ただ、市街地までのタクシー代が38ユーロもしました。ユーロに換金したお札が一気に減った感が。バルセロナで友人たちと合流し、サグラダ・ファミリアへ。移動する地下鉄に、眉に剃り込みが入った男性3人組が乗り込んできたときは緊張しましたが、荷物をしっかり抱えて何事もなく電車を降りました(無実の若者だったらすみません)。あらかじめ日本で予約したサグラダ・ファミリアの入場券は36ユーロ。かなりお高いですがそのぶんスリは入ってきにくいので内部は安全だと信じたいです。美しいステンドグラスや彫刻にひとしきり感動し、お土産店へ。180をかけて円に換算すると、お土産が何もかも高くてハガキとマグネットだけ購入。円安は物欲抑止になっているような……。
でも、バルセロナでかなりコスパの良いファストファッションのお店を発見し、テンションが上がりました。ザラでもマンゴでもない、プライマークというヨーロッパで人気のプチプラブランドです。ニット20ユーロ、Tシャツ10ユーロ、バレエシューズ6ユーロ、ブラ2.5ユーロ、部屋着風パンツ7ユーロといった驚きの価格帯で、靴下やニットなどあれこれ買ってしまいました。いっぽうロエベでは店内の空気だけ吸って満足。翌朝、バルセロナの空港に向かうタクシーで思わず女性の運転手に「プライマークは安くていいですね!」と話しかけたら「エコノミックプライスですね」との返事。その後、LCCの乗り場側の入り口まで送ってくれたので、私のことをかなり貧乏な日本人と思ったことでしょう……。
LCC、ブエリング航空の飛行機の搭乗口はかなりはずれにあって、バスで10分くらいかかりました。乗客のおじさんが「このままパリに着いちゃうんじゃないか」みたいなジョークを言って(脳内超訳)周りの人がドッとうけていました。飛行機は無事に飛び立ち、シャルル・ド・ゴール空港に到着。ついに憧れ続けたパリに降り立ちました。電車はBラインが危険と聞いていたので、渋滞しながら長時間かかるもバスで市街地へ。パリの第一印象は、「建物こわ」。景観を守るためか、数百年は歴史がありそうな似たような瀟洒な建物ばかりが並んでいて圧がすごいです。一瞬お台場のヴィーナスフォートを思い出しました。もちろんパリのほうが本物ですが……。あまりにも建物のテイストが統一されていて、都内の雑然とした街の風景が懐かしくなります。ゴージャスなお城のような館の最上階の、おそらく女中部屋だったところについ目が行ってしまいます。
パリではまずルーヴル美術館へ。入場料は22ユーロとお高めですが、世界的な芸術作品の数々が観られると思うと高くありません。空港から直行でスーツケースを引いていたのですが、荷物検査をして美術館に入ると無料のロッカーがたくさん並ぶ部屋があり、そこに預けることができました。モナ・リザやサモトラケのニケ、ミロのヴィーナス、フェルメールやドラクロワの絵画などを鑑賞。その数週間後、ルーヴル美術館でフランス王室ゆかりの宝飾品が盗まれる強盗事件が発生するとは……。たしかに館内の警備の人は少なかったです。ちなみに、盗まれた宝石や王冠が展示されていたという、金箔で覆われたゴージャスなアポロンの間には、このとき行けていませんでした。あまりにも広大な美術館だったのでしかたないですが、王室の宝飾品とは縁がなかったようでさびしいです。
ルーヴル美術館以外では、奇跡のメダイ教会やセーヌ川にかかるポンヌフ橋、ルイ・ヴィトンの美術館のファンダシオン ルイ・ヴィトン、ブローニュの森などを訪れ、その合間に商業施設を視察。パリのデパートのあまりのゴージャスさとおしゃれさ、豊かさに圧倒されました。
例えば、巨大で内部には大聖堂のようなドーム型ステンドグラスがあるギャラリー・ラファイエット。日本橋三越も勝てなそうな、贅沢で芸術的な吹き抜け空間でした。無料で入れる屋上からはパリの街がよく見えます。ユーロが高くて何も買えませんでしたが、無料の景色を堪能。
そしてル・ボン・マルシェは、1852年に開店したという世界で一番古い百貨店。建物自体も荘厳ですが内部は最先端のおしゃれな品々が集結していました。伊勢丹と GINZA SIX をかけ合わせてパワーアップさせた雰囲気。老舗デパートながら、若者を呼び込むポップアップや魅力的なテナントを揃えて、かなりにぎわっています。フランスの経済も調子が良さそうです。セザンヌというかわいいブランドを発見しましたが、ニットやワンピースは150ユーロ以上、3万円くらいしてあきらめました。欲しいスニーカーも180ユーロで32400円もします。レペットのバレエシューズは300ユーロして、54000円。ふと思ったのですが、1ユーロ100円だったらなんでも買い放題だったかもしれません。2011年には1ユーロ100円を割り込むときもありました。2000年には89円という安さでした。何も買えなくて自分が貧乏な気がしていましたが、実は為替レートが悪いだけかもしれません。
マレ地区という超絶おしゃれな街を歩き、メルシーというセレクトショップに入ったところ、カジュアルな服でも4〜5万円はしてすぐに退出。ちょっとした白い長袖Tシャツが日本円で約2万円もしました。アパレルは高すぎるので文房具でも買おうと思ったら、ノートが数千円の厳しい世界でした。
スーパーもオーガニック系とケミカル系、健康への意識も価格帯も二極化されていました。食料品から洗剤から、ケミカルで安い商品で統一されているスーパーもあって、もし私がパリに住んだらここで買うことになりそうです。
食事はカフェやレストランなど、メニュー表を見てお手頃なお店を選んでいましたが、ランチでも3000円以上していました。朝食代節約のため、ホテルの無料おやつコーナーのパンを翌朝までとっておいて食べた日もありました。
世界有数のおしゃれタウン、パリなのに服を買っていないと思いながら歩いていたら、パリで大人気のスーパー、モノプリのアパレルに引き寄せられました。入ってみたら、ここは100ユーロ以下の服が結構あり、デザインもそこそこおしゃれで希望が持てました。そこで見つけたカシミア混のニット、56ユーロ。日本円だと約1万円ですが、今まで見た服の中で2ケタユーロは珍しくて、思わず購入。ここはスーパーと合体していて、アパレルフロアは店内にもレジにも店員が皆無です。下のフロアのスーパーに服を持っていって会計すれば良いのだと思い、エスカレーターで階下のレジへ。このフロアも店員が少なくて、セルフレジが並んでいるところで、なんとか支払いできました。しかしここで大きな問題が……。セルフレジの紙が切れていてレシートが出なかったのです。そしてニットには万引き防止タグがついていて、レシートがないので払った証明もできないし、このまま店外に出たら警報が鳴って万引きで捕まってしまいます。「辛酸なめ子、パリのスーパーで衣料品を万引き」そんな小さい記事が出て、全てが終わってしまうかもしれない可能性に震えました。万引き防止タグを自力で取ろうとしてももちろん取れません。あんなにヨーロッパで盗難を恐れていて、最終的に自分が無実の泥棒になってしまうかもしれなくなってきました。「人を見たら泥棒と思え」という過剰な防犯意識でいた天罰でしょうか。しばらくレジを出たところで立ちすくんでいたら、珍しく店員さんが現れたので、つたない英語でレジの紙が切れていたことを説明し、パソコンで支払記録を調べてもらって、無事にタグを外してもらって堂々と店を出ることができました。パリの青い空が目に入り、解放感に浸りました。恐れはトラブルを引き寄せることを実感。
ヨーロッパでは一時的に物欲がおさまっていたのですが、帰国後は、日本の物価の安さに感動し、服や雑貨をたくさん買ってしまいました。日本に観光で訪れたインバウンドの人は、なんでも安いから買いまくって荷物が増えて大変、と妙な同情心を抱きながら……。
自分が貧乏なんじゃなくてユーロが高いだけ、と思うことで旅先で気分を持ち直せます。

(次回は11月24日に公開予定です)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『煩悩ディスタンス』『江戸時代のオタクファイル』『世界はハラスメントでできている』などがある。
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