作家を作った言葉〔第20回〕上村裕香
大学2年生の夏の話だ。わたしは芸術大学の文芸表現学科という、小説創作や書籍編集を学ぶ学科に通っていて、新人賞に応募する小説をモリモリ書いていた。
モリモリ書いては小説創作の授業を担当する編集者に「山頂まで辿り着けずに二合目で力尽きたって感じ」と切り捨てられ、モリモリ「文章は上手いけどそれだけ」モリモリ「散漫な物語だね」モチモチ「視野が狭い」を繰り返していた。彼はライトノベルへの造詣が深い人で、一般小説を志す自分とは合わないと割り切れたらよかったのかもしれないが、わたしは悩んだ。モリモリがモチモチになるくらい悩んだ。
学科で小説・脚本創作を指導されている山田隆道先生に作品を見てもらったのは、モチモチがモンモンになったころだった。それまでも先生には月2回ペースで小説の指導をしてもらっていたが、ゼミ生でもない当時のわたしは相談できずにいた。
山田先生は3時間改稿の相談に乗ってくれたのち、それでもモニョモニョしているわたしを「だいじょうぶ、信じ。おもろいで」と励ましてくれた。「おもろくなってるし、上村はもっとおもろいもん書けるよ。構成も文体もどうでもええから。なにを書き切るかだけ考えて」
当時、わたしはアセクシャルの女性の小説を書いていた。主人公のけいちゃんはたしかに「散漫な物語」の「視野が狭い」子だったかもしれないが、わたしにとってはそれが、けいちゃんだった。一面化されない、自分の目で世界を見つめることに必死な子。この子を、書き切ろうと思った。
残念ながらその小説は落選したが、半年後、別の小説で新人賞を射止めた。いまでも迷ったときには先生の言葉を思い出す。もっとおもろいもんを、モリモリ書けるように。
上村裕香(かみむら・ゆたか)
2000年佐賀県佐賀市生まれ。京都芸術大学在学中。22年「救われてんじゃねえよ」で第21回「女による女のためのR-18文学賞」大賞、「何食べたい?」で第19回民主文学新人賞を受賞。
〈「STORY BOX」2023年8月号掲載〉