吉川トリコ「じぶんごととする」 3. ピザはすし

吉川トリコ じぶんごととする 3 ピザはすし

作家・吉川トリコさんが自身の座標を定めてきた、あるいはこれから定めようとするために読んだ本を紹介するエッセイです。


「食べログ評価 3.06 ぐらいで口コミが三件ぐらいのところに名店が多い」

 と他を圧倒するような海原雄山顔で担当(か)氏は言った。

 先日、私の書いた小説が文学賞にノミネートされあえなく落選し、待ち会ののちの残念会で、各社の担当編集者たちと銀座の中華料理店で飲み食いしていたときのことだった。

「食べログ評価 3.26 ぐらいの店がいちばんおいしいんだよね。自分が気に入ってリピしてる店もそれぐらいが多い」

 と山岡士郎ふうの訳知り顔で私が言ったら、各社の担当氏たちも「わかる〜」「作家さんと食事にいくときは気を使って食べログ評価 3.50 以上の店をえらぶけど、自分が好きでいくのはそれぐらい」と栗田さんや花岡さんなど東西新聞社の面々のようにわっと盛りあがった。

 そこへ、水を差すように冒頭のハードコアな一言を差し挟んだのが(か)氏であった。さすが、仲間内で敬意をこめて(か)ミシュランと呼ばれている女である。

 しかし、「食べログ評価 3.06 ぐらいで口コミが三件ぐらいのところ」って写真もなければ店舗情報も乏しくて、素人が踏み込むにはなかなかに勇気がいる。「あたり」だったときの喜びは果てしないが、「はずれ」だったときの悲しみも底知れない。この微妙なラインに果敢に攻め込んでこそ、野良ミシュランの称号を得られるのかもしれない。

 それにしても我々はいつから飲食店に対し、「あたり」とか「はずれ」とかの失礼&残酷きわまりないジャッジをくだすようになったのだろう。べつにそんなの飲食店にかぎったことではなく、電化製品だの化粧品だの、インターネットの世界にはさまざまな口コミサイトが存在するし、小説だって容赦なくなんとかログ的なもので日々数値的な評価にさらされ、「あたり」とか「はずれ」とかのジャッジを受けている(あまつさえ文学賞にノミネートされて優劣を決められるってなんだよそれ!状態である)。

 作家や編集者はそれなりに文芸にくわしいからいくらでも自分で読む本をえらべるけれど、たとえば電化製品や化粧品を買うときはそんなにくわしくないからつい口コミを頼ってしまいがちである、だから一般の読者が数値を頼りに本をえらんでしまうことを責められないのではないか、とかなんとかこのときも話していたのだが、するとまたしても(か)氏が身を乗り出し、

「電化製品や化粧品っていうのは、機能的な側面があるのである程度は数値化できるじゃないですか。でも小説って人によって受け取り方がぜんぜんちがうから、やっぱり数値化なんてできないですよ」

 なんてことを言い出した。技法や素材に走りすぎる山岡をたしなめ、情緒的な側面もまた料理には重要であると説いた雄山のようであった。

 飲食店のありようは小説に近いのかもしれない。料理というのは人によって受け取り方がちがうから、評価を数値化することなんて本来不可能なはずである。高級な素材を使い、みがきぬかれた技術で調理していたとしても、幼い子どもにはその味を理解するだけの読解力が備わっていなかったりするし、中華料理人が作るパラパラしたチャーハンより、家で雑に作った濡れチャーハンが好きという人だっているだろう。

 食べログ評価 3.06 ぐらいでも熱烈に愛してくれる少数がいればそれでじゅうぶんだという考え方だってある。百名店に入るような店よりずっと上等で好ましいと思ってくれるだれかがいるなんて、作り手にとってはこのうえない幸福である。高評価 3.50 を叩きだし万人受けするような小説をはたして自分が書きたいのかといったらそうでもないし、やっぱり私は3.26ぐらいをうろちょろし、文学賞はもらえるものならもらっておきたいが、バカ売れしなくてもいいから仕事がとぎれない程度に読者がついてくれるのがいちばんの望みである(ここで 3.06 ではなく 3.26 を志してしまうのは、エンタメ小説家のさがともいえる)。

 本来、料理にも小説にも優劣なんてつけようがないし、飲食店には「あたり」も「はずれ」もないのだ。だれかにとっての美食がだれかにとっての駄飯ということはじゅうぶんにありえるし、だれかにとっての愚店がだれかにとっての名店ということだってあるだろう。


吉川トリコ(よしかわ・とりこ)

1977年生まれ。2004年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。2021年「流産あるあるすごく言いたい」(エッセイ集『おんなのじかん』所収)で第1回PEPジャーナリズム大賞オピニオン部門受賞。22年『余命一年、男をかう』で第28回島清恋愛文学賞を受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『戦場のガールズライフ』『少女病』『ミドリのミ』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』シリーズ『夢で逢えたら』『流れる星をつかまえに』『あわのまにまに』など多数。
Twitter @bonbontrico


 

作家を作った言葉〔第20回〕上村裕香
◎編集者コラム◎ 『サルデーニャの蜜蜂』内田洋子