採れたて本!【海外ミステリ#32】

採れたて本!【海外ミステリ#32】

 愛する人のために何が出来るか。この悲痛で切実な問いが、小説全体を貫いている。

 キャメロン・ウォード『螺旋墜落』(文春文庫)は、超常的な設定を用いたSFサスペンスだ。著者の第三長編だが、日本での邦訳紹介はこれが最初の作品となる。

 序盤は二つのパートから構成される。片方は旅客機に乗っている数学教師、チャーリーの視点。彼女は息子、セオと一年前から仲違いしており、今回、関係を修復するべく、息子の住むロサンゼルスに向かおうとしていた。セオは副操縦士であり、この旅客機に同乗しているのだ。

 ところが、この旅客機は午前0時に墜落する。チャーリーは目の前が真っ暗になるのを体験するが、次の瞬間、機内の時間は午後十一時一分に戻っていた。チャーリーはタイムループに巻き込まれ、おまけに、そのスタート時間は少しずつ繰り下がっていくのだ……。

 もう片方のパートでは、一年前からのセオの行動を描く。彼は家を出て、父親探しの旅に出たのだ。

 この二つのパートが少しずつ絡み合っていき、旅客機墜落という謎に集約していく。なぜ、この旅客機は墜落するのか? ただの事故ではないのだ。ここに意外な真相を用意したところが、既に面白い。この謎がループの中で少しずつベールを剝がされていく展開に、本書の読みどころがある。

 旅客機というシチュエーションにも注目したい。チャーリーはいち乗客であり、そもそも自由に歩き回ったり、旅客機内部を勝手に調べたりすることさえ出来ない。おまけに、使える時間はどんどん短くなっていく。この厳しい制約が、サスペンスを高めている。ここで効いてくるのが、チャーリーの隣の席に座っているペイジという女性だ。彼女の言動は、ループ感を高めるのにも一役買っているが、ラストのループにまで効果的に使われる。こういうところはタイムループものの醍醐味だ。

 それにしても、この「開始時間が繰り下がる」という設定は天才的である。この設定はともすれば恣意的になってしまう。それに按配も難しい。一分ごとに繰り下がる、だと回数が多すぎるし、逆に二分とか三分ごとに繰り下がる、としただけでも作者が逆算で選んだ数字というのが透けて見える。ところが、『螺旋墜落』が上手いのは、ある法則をこのルールに絡ませたところにある。ループは絶妙の回数になり、ルールの制約が最終ループをかなり厳しいものにする。作者自身も、法則に縛られているのだ。

 ラストX分のタイムループは、実に感動的だ。限られた時間の中で、チャーリーは愛する人たちのために何が出来るか。彼女の覚悟が滲むX分間の選択に息を吞んだ。その選択を、ぜひ見届けてほしい。

螺旋墜落
『螺旋墜落』

キャメロン・ウォード 訳/吉野弘人
文春文庫

評者=阿津川辰海 

藤岡陽子『春の星を一緒に』
穂村 弘『短歌のガチャポン、もう一回』