野口あや子『天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ』

痛みもカマしてI love rap!
週末、名古屋栄で行われている伏見サイファーに加わる。「あ、あや子さん」「あや子さん、どもっす」。この週末を楽しみにしている高校生、大学生、さらには小学生までいるこのチームに「お邪魔しますー!」と着物姿でズカズカ入っていく。この、着物姿でラップをしていることに一時はテレビから問い合わせがきたが、それももう過去の話だ。
そう、全て過去から未来につながる。私に初めてリリックを書かせたのは、元恋人の性暴力を乗り越えるためだった。その元恋人をなんとか罰せまいかと、弁護士事務所を梯子し、ときに弁護士からのセカンドレイプにさえ遭いながら、民事刑事、また慰謝料を計算しながら、その性暴力の影がずっとちらついて眠れなかった四年前の半年間。それを超えて今、毎週末、いくつかの名古屋のサイファーを行脚できるようになった自分の力強い成長を思う。
「こっちはビーフ(喧嘩)じゃねえ! 性暴力してきたチキン野郎から裁判で金を奪おうと思ったのをやめて、それで始めたこのラップ! エッセイで手に入れた印税! これが本当のクリエイティブ!」
納屋橋のRUSHサイファーでマイクを握ってそう叫ぶと全メンバーが沸いた。テクニックはまだまだだけど人生経験ではこちらが一段上。しかしここまで堂々と、痛々しくなく自己開示ができるようになったのは、ラップで手に入れた「カマす」メンタリティーと、いつも元気なメンバーの励ましのおかげだ。
しかしここにくるまでの道を振り返ると果てしなかった。音声アプリのS N SのGRAVITYで出会ったラップ師匠、そこからのオンラインサイファー、けしかけられて行った伏見サイファーはじめとする様々なサイファー。ボロ負け連続のバトルライブ。東京でもサイファー。旅行先のウィーンでオンラインサイファー。ウィーンでは友人で歌人兼小説家の小佐野彈さんに招待してもらった仮面舞踏会で、HIPHOPでいうところのバイブス(テンション)を上げて踊り狂ったこと。帰ってきてからは吉田雅史さんはじめとする口頭遊民ダコタと楽曲を制作。
「ダイヤモンドはいらない。俺がダイヤモンドより輝いてるから!」
そうラップするメンバーに
「私もダイヤモンドはいらない。もらってもどうせまた離婚するから!」
とラップし返して笑い合う。そう、離婚経験さえカマして今もI love rap!
ぜひ手にとって、ラップ沼の輝きを見て欲しい。
野口あや子(のぐち・あやこ)
1987年岐阜県生まれ、名古屋市在住。2006年、「カシスドロップ」にて短歌研究新人賞受賞。2010年、第一歌集『くびすじの欠片』にて現代歌人協会賞を最年少受賞。ほか歌集『夏にふれる』『かなしき玩具譚』『眠れる海』。本書『天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ』が初のエッセイ集。

