奥田亜希子『運命の終い』

奥田亜希子『運命の終い』

画しちゃっていてほしい


 高校生のときのこと。同級生の女子2人から唐突に、「奥田さんは濃い顔と薄い顔とどっちがタイプ?」と訊かれた。私が「濃い顔かな」と答えると、2人は嬉しそうに顔を見合わせた。

「やっぱり! 薄い顔の人は濃い顔が、濃い顔の人は薄い顔が好きなんだよ」

 どうやら自分たちの仮説を補強すべくデータを集めていたようだ。喜ぶ彼女たちを尻目に私は思った。あ、私って、薄い顔だったんだ……と。

 

 昔から自分のことがよくわからない。正確に言えば、私が把握しているつもりの私と外からの私の評価がしょっちゅうずれる。高校時代の私も自分の顔が濃いとはさすがに思っていなかったけれど、それでも彼女たちが事前に認識を擦り合わせる必要がないほど絶対的に薄いとは知らなかった。最近も夫に「私が意外とお人好しだって知ってるよね?」と尋ねて、「えっ……と、ごめん、それは知らなかったかも」と謝られている。えっ?

 そういうずれは自著に関しても起こる。担当編集者が作成した帯やあらすじの案を読み、これってそういう話だったのか! と、びっくりすることがままあるのだ。新刊『運命の終い』も同様で、プルーフのデザインを初めて目にしたときには仰天した。

『「昭和・平成の大人の恋愛」とは一線を画す、現代〈いま〉の大人の恋愛』

 あらすじにあった一文に、なんかえらいことになったぞ、と腰が引けたのだ。時代性を取り入れた感覚は私にはなかった。私はいまだに PayPay を始めていない。メロスにとっての政治くらい、私には現代がわからぬ。担当編集者からもらった「大人の恋愛」というテーマに、私が「運命の恋の、その次の恋愛」という軸を加えて書いたもの。そうとしか捉えていなかった。

 それでも現金なもので、日が経つにつれて、あれ? 私、「現代〈いま〉の大人の恋愛」を書いた……かも? いや、書いたわ、書いた、という気持ちになっている。今作の主人公は高校在学中に教科担任の先生を好きになり、卒業後に彼と交際、結婚を果たした40歳の女性だ。「運命の恋」を「教師と生徒の恋」にしたのは、この数年で、年の差恋愛や結婚にまつわる意見を目にする機会が多かったからだと思う。10年前の私が「大人の恋愛」や「運命の恋」を書いたら、まったく違う話になっただろう。

「昭和・平成の大人の恋愛」から一線を画したものになっているかはわからない。画しちゃっているかもしれないし、いないかもしれない。画していたらいいな、と密かに願っている。

  


奥田亜希子(おくだ・あきこ)
1983年愛知県生まれ。愛知大学文学部卒業。2013年、第37回すばる文学賞を『左目に映る星』で受賞しデビュー。22年、『求めよ、さらば』で第2回「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」を受賞。他の著書に『ファミリー・レス』『青春のジョーカー』『白野真澄はしょうがない』『夏鳥たちのとまり木』『ポップ・ラッキー・ポトラッチ』などがある。

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『運命の終い』
著/奥田亜希子

採れたて本!【歴史・時代小説#30】
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