こざわたまこ『教室のゴルディロックスゾーン』スピンオフ小説「空を舞うフィッシュサンド」
「あれ、有働くん。休憩、もういいの?」
「……あー。はい」
ロッカーに替えのTシャツが置いてあることを思い出し、それに着替えていると、店長がちょうど休憩室に入ってきた。
「ガムテープの余り、そこになかったっけ」
「どう……っすかね」
あれ、おかしいな、と首を捻り、店長が棚を漁る。さっきのこともあって、ちょっと気まずい。店長は俺に気を遣ってか、今週ちょっとキツいねーとか、人手が足りなくてさぁ、とか、一人でぼそぼそ喋っていた。
「あのー、店長」
「ん?」
シークレットブーツの靴底分を差し引いたら、実はギリギリ百六十ないらしい店長と俺は、二十センチ以上身長差がある。だから店長と話す時、俺はいつも店長を見下ろす形になった。
「あの……」
なかなか話し出さない俺を、店長が不思議そうに見つめていた。そういえばいつだったか、最近髪の毛が抜けて困る、とか何とかこぼしていたっけ。やっぱりストレスだろうか。店長のつむじの隣に、新たな十円はげができている。同じような光景を、つい最近見たような。少し考えてすぐに、さっきのあいつだ、と思い当たった。
キジトラ模様のあいつは、俺の前から去る直前、こちらを振り返ってにやりと笑った。砂まみれの白身フライを咥えて、まるで人間みたいに。なんて強かで、図々しい。てかあいつ、すげーブサイクだったな。でもちょっとだけ、格好良かったかもしれない。本当に、ちょっとだけだけど。
「なーんだ。笑顔、出るじゃない」
え、と顔を上げると、店長が自分の口の端に人差し指を当てながら、それそれ、とおかしそうに笑っていた。
「その調子で、仕事も頼むよ。けっこう頼りにしてるんだから」
ぽん、と俺の肩を叩いた。
「で、なんだっけ?」
「あ。えっと……」
これ、と差し出したガムテープに、店長は、わあ、ありがとう、とその場で飛び跳ねそうなくらいの勢いで喜んでみせた。いちいちリアクションが大きいんだよなぁ。
「あと、その。……俺、さっき足を捻ったみたいで」
「ええっ!?」
「あ、いや。別に、そこまでたいしたことじゃないんすけど」
何それ大丈夫なの、ちょっと休む? それとも早退する? おいおい落ち着けよ、とこっちが言いたくなるくらい、店長は俺の怪我を心配してくれた。さっきまで、人がいないってぼやいてたくせに。今日だってギリギリなのに、俺までいなくなったらこの店どうするんだよ。
「や、だから。荷物運ぶとかは、ちょっと厳しくて。だ、からえっと」
ごくり、と唾を飲み込む。なんでか、面接の時より緊張していた。
「レジ、入らせてもらっていいっすか」
それを聞いた店長が、ぱちくりと目を瞬いた。
『教室のゴルディロックスゾーン』
こざわたまこ
こざわたまこ
1986年福島県生まれ。専修大学文学部卒。2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。同作を収録した『負け逃げ』でデビュー。その他の著書に『仕事は2番』『君には、言えない』(文庫化にあたり『君に言えなかったこと』から改題)がある。