こざわたまこ『教室のゴルディロックスゾーン』スピンオフ小説「メロンソーダと烏龍茶」
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「舞香」
うーちゃんは私の隣に立って、両手に持っていたマグカップの片方を、はい、と差し出した。ありがと、とそれを受け取り、ベランダにもたれる。ふたりで並ぶと、錆びた鉄柵が、きし、と小さな音を立てるのがわかった。あ、そうだ、とうーちゃんが声を上げる。
「明日の休み、あそこ行こっか。舞香が前に行きたいって言ってたタイ料理屋」
「商店街のとこにできた?」
「そうそう」
いいね、と頷いて、マグカップの口にふうっと息を吹きかける。いつのまにか、すっかり日が暮れていた。すっかり冷えた体に、淹れ立ての紅茶が沁みる。白い湯気がふわりと舞って、カップを持った指先が、じんと熱を持った。夕飯を食べた後、こうしてベランダに出てふたりでお茶をする、というのが最近の日課になっている。出会った頃から、よくよくお茶が好きな人だなあ、と思う。
「帰りにファミレスも寄りたいな。甘いもの食べたい。明日から、季節のパフェが始まるんだって」
それを聞いたうーちゃんが、私の顔を覗き込み、
「またあれ、飲んでみる?」
と片目を瞑った。まるで、秘密の合い言葉を伝えるみたいに。
「……あの組み合わせ、ほんっと最悪」
「とか言って、意外とくせになる味かもよ?」
うーちゃんがそう言って、マグカップ片手ににやりと笑う。
社会人になってからも、父の束縛は続いた。そんな中、私を支えてくれたのは学生時代から細々と続けていた、衣装作りだった。高校生の時に、父に隠れて参加した初めての同人イベント。そこで目にしたコスプレの世界に憧れて、見よう見まねで衣装を作り始めた。年代物のミシンは母が父に隠れて、祖母からこっそり譲ってもらったものだ。母が父の意思に背いてまで私に協力してくれたのは、あれが最初で最後だったかもしれない。
服を作るのは好きだった。何度父に破り捨てられようと、ハサミを入れられようと、そんなの屁でもなかった。だって服は、何度だって作り直せる。破れた布を、縫い合わせることができる。そういうところが、好きだった。だからこそ、私が大切にしていたミシンを父に蹴り飛ばされた時、私の中の糸がぷつんと切れてしまった。
床にごろりと倒れたミシンを見て、私は何年かぶりに泣いた。だってあれは、あの時の私のすべてだった。私が持てる唯一の武器で、盾で、この世にたったひとつの魔法のステッキ。ああ、なんだ。私はずっと、戦ってきたじゃないか。たとえ人からそうは見えなくても。私は、私なりのやり方で。
『教室のゴルディロックスゾーン』
こざわたまこ
こざわたまこ
1986年福島県生まれ。専修大学文学部卒。2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。同作を収録した『負け逃げ』でデビュー。その他の著書に『仕事は2番』『君には、言えない』(文庫化にあたり『君に言えなかったこと』から改題)がある。