武塙麻衣子「一角通り商店街のこと」7. ちとせや一号店・三号店

武塙麻衣子「一角通り商店街のこと」7


 肉団子とマカロニサラダの入ったエコバッグを片手に持ち、夏休みに彼氏や彼女ができるタイプの人たちについて考えながら、雄士はぶらぶらと歩いた。陽気な商店街のテーマソングが延々流れている。一体自分はあの長い夏休み中、何をしていたんだっけ。

「弁当箱を買うなら、ちとせやに行くといいよ」

 テンションが低いままの修太に言われ、ちとせや? と首を傾げた。

「行ったこと無い? 商店街の端にある何でも屋さん」 

 ちとせやは一号店と三号店があって売ってるものが全然違うから、まあ気をつけて、と修太は言った。まあってなんだろうと思いながら夕方の買い物客で混み始めた商店街を進む。窓辺に小さな看板が出ているのですでに開店しているらしいけれど、相変わらずひっそりとしているおにぎり徳ちゃんを通り過ぎ、ケースの商品に値引きシールの第一弾を貼りはじめた魚辰の前まで来た。

「雄ちゃん、あさりいらない? しっかり砂抜きしてあるよ。今晩酒蒸しとかにどう」

「冷凍もできますか?」

「できるできる。重ならないようにジップロックの中に並べて平らに冷凍庫にいれておけば次に使いやすいよ。ちょっと安くしとこうか」

 酒蒸しは作れそうにないけれど、味噌汁の具にならできそうだ。ビニール袋にくるんでもらったあさりをカウンター越しに受け取って口を二重に結んでエコバッグにしまった。

「もう帰り?」

「いえ、これからちとせやさんに行きます」

 辰野さんがレジからおつりを取り出そうとしていた手をぴたりと止め、不思議そうな顔で雄士を見る。

「なんで?」

「あ、弁当を自分で作ってみようかと思って。そしたら弁当箱を買うならちとせやさんに行ってみろって豊倉さんのところで勧められたんです」

「へえ、ああ」

 辰野さんのへえと、ああの間にはなんとも微妙な間があった。修太といい、辰野さんといいこの妙な歯切れの悪さはなんなのだ。 

「とりあえず行ってきます」

 辰野さんに見送られ、もうしばらく歩くとそこに現れたのがちとせや一号店だった。店内からはありとあらゆるものが表の道路にはみ出している。黄色いビールケースをひっくり返した台の上には段ボール箱が載っていて、肌着、靴下、腹巻きにタオル、バスタオル、ハンカチ、ざる、女性用の下着、男性用の下着、それからその隣になぜか唐突に、真ん中でふたつに分かれた火鍋用の鍋がどーんと積まれていた。

「これが780円?」

 鍋の値段としては、ものすごく安いのではないだろうか。冬になったら、ユンくんや中島と鍋をしてもいいかもしれない。鍋の隣にはまた大小のタオル、毛布、そして遠赤外線あったかソックスが並んでいた。まだ九月なのにだいぶ気が早い。それからたくさんの缶詰。桃、みかん、ナタデココときて、いわしの蒲焼き、焼き鳥、グリーンカレーにトマト缶とあんこ、だ。そっと手に取って賞味期限を確かめてみたが、特に期限が迫っているわけでもないらしい。のぞくと店内には二本の細い通路があり、両側ともびっしりと商品で埋め尽くされていた。どうやら右奥の壁のあたりがレジのようだが、天井からも商品があちこちぶらさがっているので様子がよくわからない。ちらりと見上げると、防犯カメラが壁の目立ちやすい三カ所に設置されていた。全部本物かな? 奥の方には緑色の紐で天井から巨大なゴリラのぬいぐるみがぶらさがっていて、もしかするとそれは商品ではなくインテリアなのかもしれない。ゴリラが手を伸ばした先の棚の上段には、プラスチック製の携帯用バナナ収納ケースがひとつ100円で大量に積まれていた。黄色や緑色はバナナっぽさがあるけれど、ピンクや白というのはなんだか変だ。

「なにかお探し?」

 突然、後ろから声をかけられ、雄士は驚いて肩をすくめた。ふりかえると、綿菓子のようにふわふわの丸みを帯びた髪をピンク色に染め、花柄のエプロンをかけた女性が立っていた。よねさんと同じくらいの年齢かもしれないけれど、ずいぶん姿勢がよく背筋がぴんとしている。それにとてもにこやかだ。 

「あ、はい。お弁当箱が欲しいんですが」

 雄士の言葉を聞くが早いか、女性は、能面のような顔になった。

「うちの店にはないね」

「あ、じゃあ三号店に行った方がいいですかね」

「そうしてちょうだい。あっちにいいのがあるかどうかあたしは知らないけど」

「はあ」

 一号店と三号店はどうやら仲が良くないのかもしれない。

「あ、そういえば二号店ていうのはないんですか」

 ふと思いついて聞くと、店主はピンクのふわふわした頭を揺らし、顔を真っ赤にして

「もうないのよ」

 と言った。

「さ、うちの店に用がないならもう三号店に行ってちょうだい」

 あ、火鍋、と思ったけれど、ピンク店主の勢いに押されてちとせやの外へ出てきてしまった。ぐずぐずしていると塩でも撒かれそうである。ここの店でどうしても買いたいものがあれば、その時は、ニコニコ笑顔で売ってもらえるんだろうか。狐につままれたような気持ちのまま、雄士はちとせや三号店に向かうことにした。美容室や不動産店、携帯ショップなど雄士には普段ほとんど用事のない店が並ぶ辺りを通り過ぎる。その先に、先ほどのちとせや一号店とまったく同じ造りの店があった。こちらのちとせやの中からは、大音量でテレビの音が流れてくる。夕方のワイドショーか何かかと思いきや、どうやら海外のトークショーらしい。派手な笑い声のあとに早口の英語が聞こえ、それからまたどかんどかんと笑い声が起きた。一号店ほどは、道路にはみ出してまで並べる商品がないようだが、店内の二本の通路の両側には、一号店と同様いろいろなものが並んでいる。輸入菓子や大きなパックのジュース、ノートなどの文房具の隣に突然、円座クッション、バスマットやシャンプー、ボディソープや洗濯用の固形石鹸が並び、30%オフのTシャツが続く。次の棚を見ると、ボウルや泡立て器、皿やグラスが並んでいた。この感じなら、弁当箱も見つかるかもしれない。それにしてもこの脈絡の無さはなんだろう。ちとせやのコンセプトは宝探しなのだろうか。

「なにかお探し?」

 さっきとそっくりな声に振り返ると、ふわふわの頭をオレンジ色に染めた気難しそうな女性が一人立っていた。色違いだ、と言いかけて慌てて言葉を飲み込む。

「あの、お弁当箱ってありますか?」

 オレンジ店主は、きゅうっと目を細めて笑顔を浮かべると、

「ありますよ。こっちにいらっしゃい」

 と手招きをした。

「三号店はね、一号店よりもずっと品揃えがいいわよ」

 狭い通路をするする進みながら、オレンジ店主が言った。一号店で教えてもらったんです、と雄士が言ったからだ。

「あそこはね、だめ。自分の好きなものしか置きゃしないんだから」

 そう言って首を振る。

「あの、ご姉妹ですよね?」

 勇気を出してそう聞くと、オレンジ店主はぴたりと足を止めた。

「どうしてそう思うの?」

 振り返らずに、ずっとこちらに背中を見せたままでいることがちょっと怖い。

「だってお店の名前がちとせや一号店と三号店だし、あの、お二人がなんとなく似てらっしゃるから」

 ふんと鼻を鳴らすと、店主は言った。

「三姉妹よ」

「え?」

「私たち本当は三姉妹なの」

「じゃあやっぱり二号店があったってことですか」

「そうよ、もうないけどね」

 ここ、と店主が指さした棚には、数種類のお弁当箱が並んでいた。どれもシンプルで使いやすそうだ。

「二段だと幅をとらなくていいけど、あたしは昔ながらの平べったい大きいのが好きね」

 ごゆっくり。それだけ言うとオレンジ色のふわふわした頭を揺らして、店主はレジの方へ戻っていった。ふと見ると、この店の天井からは、キリンのぬいぐるみがぶら下がっている。もう一つの列もしばらくよく見てみたけれど、結局どちらの店になんの商品があってどちらに何がないのかは一度では到底把握できそうになかった。でもどうやら三号店には、火鍋は売っていない。

「あなた、商店街の鰻食べに行ったことある? 菊川きくかわって店」

 弁当箱の会計をしてもらって店を出ようとすると、店主がぼそりと言った。

「いえ、まだないです」

 鰻は好物だが、大学生がそう簡単に食べられるものでもない。

「あたしたち姉妹の勝者がそこにいるのよ」

 腕組みをして、ちとせや三号店店主は言い、それから、もう何も喋らなかった。勝者と言うからには戦いがあったのだろう。その昔、ちとせや一号店と二号店と三号店の姉妹による恐らく壮絶な。シゲさんならその歴史を知っているだろうか。話を聞くついでにシゲさんに鰻をごちそうしてもらえないかな、と雄士はのんきなことを思い、軽くおじぎをしてちとせや三号店を後にした。

 

 翌朝、いつもよりも十五分早く起きて、まず卵焼きを作った。卵を割った時に殻が入らなかったから幸先がいい気がする。卵焼きの粗熱を取っている間に、昨日とりわけておいたご飯を弁当箱に詰め、肉団子とマカロニサラダを入れた。冷蔵庫に残っていたプチトマトを押し込み、彩りがよくなったところに卵焼きを二切れ。夏に実家からもらってきたふりかけのことを思い出してご飯にかけてみると、もういっぱしのお弁当だ。雄士は、なんだかものすごく立派なことをやり遂げたような気持ちになって、新しい相棒の蓋をぽこんと閉じた。ちとせや三号店には、二段重ねやわっぱやステンレスの温かいまま食べられる優れものの容器などいろいろな弁当箱があったけれど、雄士がその中から選んだのは、なんの変哲もない平たい一段の弁当箱だった。蓋の両脇をぱちんぱちんとしめるもので、大学生にしては少し子供っぽい気もしたけれど、雄士はそのブルーの弁当箱が一等気に入った。

 二限が終わり、中島と二人で大教室を出た。この時間に語学クラスを取っているユンくんとは一号館の前で待ち合わせをしている。

「今日何食う?」

 俺は、ラーメンの気分だなあと言う中島に、

「俺、今日は弁当作ってきたんだ」

 ちょっと得意げにそう答えてからはたと気がついた。しまった。箸がない。とりあえず今日は学食で貸してもらうとして、帰りがけに買いにいかなければならない。はたして、ちとせや一号店と三号店のどちらに弁当用の箸は売っているのだろう。

(次回は5月31日に公開予定です)

 


武塙麻衣子(たけはな・まいこ)
1980年神奈川県生まれ。『諸般の事情』『驟雨とビール』などのZINEを発表後、2024年『酒場の君』(書肆侃侃房)で商業出版デビュー。
Xアカウント@MaikoTakehana

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