辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第33回「ぶびなちゃん」
「あたらしいおともだち」とは一体?
母の推理が始まる。
2023年11月×日
「きょう、ぶびなちゃん、きたよ!」
幼稚園のお迎えにいった帰り、車の後部座席で、3歳の娘が言い出した。
「ぶびなちゃんって誰?」
「あたらしいおともだち!」
新しいお友達──そのまま捉えれば、転園してきた子、という意味になる。しかし幼稚園児の言う「おともだち」を素直に受け取ってはいけない。3歳児にとっては、人も、動物も、人形やぬいぐるみも、アニメのキャラクターも、はたまた空や星までも(?)、等しく「おともだち」である可能性が存在するからだ。言葉の定義が広義なのである。非常に、広義。
何より、ぶびなちゃん、という名前が気になるではないか。「ちゃん」をつけているから少なくとも人間の男の子ではないのだろうけれど(人間の男の子に対しては、娘は「くん」をつける)、名前からして日本人の女の子とも考えにくい。やや変わった響きなので、ニックネームというわけでもないだろう。じゃあ外国の子? だとしたら、英語圏や中国語圏、韓国語圏ではなさそうだ。スペイン語圏やイタリア語圏もおそらく除外できる。そのほかの言語に関してはろくに知識がない。だけど、「ぶびな」という女性名はこれまでに聞いたことがないし、そもそもなんというか、そこはかとなく日本語っぽいような。
「お友達のお名前、『ぶびな』ちゃん?」
「うん、ぶびなちゃん!」
何度訊いても、「ぶびなちゃん」という明瞭な答えが返ってくる。風邪をひいて鼻声になっているわけでも、発音が怪しいわけでもない。ここは、「その子、人間?」と確認したいところだ。しかし「ぶびなちゃん」が本当に人間だったらこの質問は失礼に当たるし、それ以前に、娘が「人間」という概念を理解できているかどうかも怪しい。名前の響きからして、幼稚園で新しく飼い始めた動物か、ブタなどのぬいぐるみの愛称という可能性も高そうだ。
こうなると「その子、動物?」と尋ねたい欲求に駆られるけれど、それはやってはいけない。「ぶびなちゃん」が人間の女の子だったとしたら、この質問こそ、失礼にもほどがある。
ひとまず心を落ち着けて、変化球をいくつか投げてみることにした。きわどいコースに投げ続ければ、娘がうっかりボール球に手を出して、真相に直結する単語を自ら発するかもしれない。
「ぶびなちゃんって、女の子?」
「おんなのこ!」
「男の子?」
「おとこのこじゃないよ、●●(娘の名前)ちゃんとおんなじ、おんなのこ!」
娘と同じ、とのたまう。人間の可能性がわずかに高まったものの、まだ完璧ではない。動物やぬいぐるみにだって性別の概念はある。それを幼稚園の先生が教えたのかもしれない。
「ぶびなちゃんは、たんぽぽ組?」
「うん、たんぽぽぐみ!」
なるほど、娘と同じクラスの一員、という位置づけなのか。
小学館
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『山ぎは少し明かりて』。