椹野道流の英国つれづれ 第26回
◆ジーンとジャック、「我が家」に驚嘆する #6
翌日の夜も、そのまた翌日の夜も、謎の足音とドアへのノックは続きました。
そしてやっぱり、そこで怪現象は終わってしまうのです。
扉を蹴られるでも破られるでもなく、2枚のドアはしっかり施錠されたまま。
つまり、誰も入ってこられるはずがない。
万が一、合鍵を持っている誰かの悪戯だとしても、毎晩、何のリアクションもないのに同じアクションをくりかえし、しかもいちいちきちんと鍵をかけ直して去るようなことをするでしょうか?
私なら、「悲鳴ひとつ上げてくれないなんて」とガッカリして、一晩でやめてしまうと思います。
じゃあ……毎晩だいたい同じ時刻に繰り返される、これはいったい何? そして、誰?
せめて扉に覗き穴があったらと思いましたが、実際あったところで、そこから扉の向こうを確かめる度胸があったかどうか。
なかったんじゃないかなあ、と思います。何しろ私はとっても怖がりなのです。
ホラー映画など、とても正視できません。友達か誰かと一緒の時、お喋りで気を紛らわせながら、指の間から見るのが精いっぱいという情けない有様。
とても、自宅の怪奇現象に冷静に対処できる性格ではありません。
どうしよう。
私は、この恐怖に耐えて、ここに住み続けることができるだろうか。
でも、他に同じくらいの家賃で住めそうな家なんて、そうそう見つかるわけがない。
ああ、どうしよう。どうすれば。
結果を言うと、どうにかなりました。
積極的に何かをしたわけではありません。
ですが、毎日夜を迎え、だいたい同じ刻限に、外扉を開け、階段を登ってくる例の重い足音を聞くうち、私は気づいてしまったのです。
若干、慣れてきとるやないかい、と。
そういえば、相変わらず怯えながらも、壁にへばりついたり、火かき棒を握り締めたりということはしていません。
どうせ部屋には入ってこないのだから、私になんら害はない。
そう気づいたからです。
ならば、誰だか知らないけれど、一晩に一度、階段を上り下りくらい、勝手にさせておけ。いや、下りている足音はしないけれど、まあいいや、そこは気にすんな、くらいの気持ちになってきました。
人は、ある程度のことには慣れる生き物なのでしょう。
とはいえ、気になることは気になります。
誰かに相談したいけれど、リーブ夫妻は、話せばうんと心配するでしょうから、駄目です。
語学学校の、学生のサポートが仕事であるアレックスが適任かもしれませんが、私には、彼が同行していない日に、独断でこの家を契約してしまったという負い目があります。
優しい彼なら、相変わらず親身になって聞いてくれそうですが、私の中の罪悪感が、それを許しません。
残るは、学校の先生。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。