椹野道流の英国つれづれ 第26回

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この表現、私も渡英したばかりの頃は、今ひとつ意味がわからない、そもそも文法的に変な言い回しじゃない? と思っていたのですが、どうやら相手の幸運を「よかったね!」「やったじゃん!」と、羨みを込めて言うときの表現らしいのです。

いや待って。

怪奇現象の話をして、幸運を言祝がれてもちょっとリアクションに困る。

そんな困惑が、表情にもろに出ていたのでしょう。

ボブは可笑しさをこらえるような顔つきで、こう言いました。

「だって、それって幽霊だろ?」

ゆ う れ い ?

もしかして……と思いつつも、敢えて言わずにいたそのゴーストという言葉、そんなにあっけらかんと出しちゃう?

引きつった顔で「そう思う?」と訊ね返した私に、ボブは自信たっぷりに頷きました。

「そうじゃなかったら、むしろ怖くないか?」

確かに。生きた人が、毎晩ただ階段を上がってくるだけなんて、怖すぎます。幽霊なら……まあ、意味不明なことをするのも仕方ないというか……いや、そういう問題? 納得しちゃって大丈夫なの?

「日本は歴史ある国なのに、そうでもないのかな。この国は、古い建物が多いだろ? 過去に、酷い死に方をした住人がいたなんて話、特に珍しくないんだ。幽霊が出る家の話には事欠かないし、そういう物件はむしろ人気なんだよ。むしろ付加価値っていうか」

嘘でしょ。幽霊が出る家が人気って、そんなこと、ある?

いや、そもそも……つまり、私の家で毎晩階段を上ってくるあれは………幽霊なんだろうか。

その可能性からそこはかとなく目をそらしてきた私には、ボブの指摘はストレート過ぎて、怖がるよりむしろボンヤリしてしまいます。

そんな私をよそに、ボブは何かが気になる様子で、顎に片手を当て、「うーん」と唸りました。

「な、何?」

「いや、君、さっき言ったよね。階段を上がってくる足音がして、扉をノックされて、それで終わりだって。毎晩そう?」

「そう、だけど?」

「階段を下りる足音が聞こえたことは、ないんだよね?」

「ない……けど?」

嫌な予感がします。

それ以上、言わないでもらえるかな?

今なら、間髪を容れずそう言うであろう私ですが、当時はまだ色々と四角四面で、先生相手にそんな失礼なことを言ってはならぬと、つい躊躇ってしまったのです。

ゆえにボブは、いい笑顔でこう言い放ちました。

「それってさ、階段を下りてないってことは、君の部屋に入ってるってことじゃないの?」

半地下の教室に、私の悲鳴が響き渡ったことは、言うまでもありません……。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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