椹野道流の英国つれづれ 第22回
◆ジーンとジャック、「我が家」に驚嘆する #2
塊のお肉のローストと蒸し野菜、そしてだいたいは出来合いのプディング、つまりデザートをいただいたら、まずはお片付け。
そうはいっても、食事のときに使う食器は、各自、大皿1枚とデザート用の小皿、カトラリー、グラス1つだけなので、洗い物は意外と早く済みます。
ただ、綺麗好きのジーンをもってしても、当時の洗い物は、大英帝国方式でした。
つまり……まず、洗い桶に水を張り、洗剤をじゃーっと入れて、そこに洗うべきアイテムを放り込みます。
次に、スポンジやブラシで汚れを擦り落とし……。
ここまではいいのですが、次にすすぎを全省略して、そのまま食器を水切り籠に置き、ティータオルで拭いてしまうのです。
最初はのけぞるほど驚いた私でしたが、ジーンは真顔で「だって洗剤は清潔なものでしょう?」と答えて、何の躊躇もなくゴシゴシ。
お、おう……おう?
ツッコミを入れたい左手がウズウズしましたが、これもまた、「郷に入っては郷に従え」の一例なのだろうと、私は受け入れることにしました。
恐ろしいことに、人間は慣れる生き物なのです。
それに、ほどなく理由もわかりました。
日本と違って、イギリスは水資源が豊かな国ではないのです。
だから、あまり水を大量に使わない暮らし方が、自然と身に付いているのですね。
洗車も、バケツ一杯の水で済ませる人が多かった(泡は走っているうちに切れるから、と言われました)ですし、シャワーは毎日浴びなくてもいいだろう、バスタブにお湯を張る? どうして? という方が珍しくありませんでした。
とはいえまあ、食器は軽くでもいからすすいだほうがいい……と思っていたら、今は、すすぐ人が増えてきたそうです。よかった。
お片付けをしている間にケトルでお湯を沸かし、日曜日だけ使うというティーセットで美味しい紅茶を入れて、缶入りのビスケットと共にリビングに運びます。
リーブ家の小さなコテージのリビングルームは、やっぱり小さくて、暖炉の傍の居心地のいい……英語には〝cosy〟という素敵な表現があります……空間です。
暖炉の火がパチパチ言っていて、天井が低いので、なお暖かいのです。
正直、底冷えはしますが、そこは暖かな毛織りの膝掛けが助けてくれます。
それぞれの椅子に座り、熱々のミルクティーと甘いビスケットをいただきながら、午後のお楽しみ、〝Antique Roadshow〟という、日本で言うなら「なんでも鑑定団」的なテレビ番組を見る。
それが、リーブ家お決まりの日曜日の過ごし方でした。
留学生の北欧女子クリスティーナことクリスにとっては、この時間が「大いなる無駄、信じられない退屈」だそうで、ふたりで話すといつも、「あなたよく耐えられるわよね。大丈夫?」と言われたものでした。
でも、ご馳走が食べられるだけでなく、私は食後のこの数時間も大好きでした。
素敵なお屋敷やお城を会場にして開かれる〝Antique Roadshow〟は、地元の方がそれぞれご自慢のお宝を持参して長い列を作り、それを専門家が鑑定しつつ、面白いもの、価値あるもの、素晴らしい歴史があるものをいくつかピックアップして紹介する、という構成です。
似たようなものを子供の頃、若い頃に持っていたとか、うちにも似たようなものがあるとか、あんなものは見たことがない、とか。
ジーンとジャックの意見や、思い出話を聞かせてもらえることが、とても楽しかったのです。
ホームステイを選択しなかった私にとっては、こういう「家族の他愛ないやりとり」の仲間に入れてもらえることが、この上なく嬉しく。
ついでに言うと、新しい「我が家」にはわけあってテレビがなかったので、映像に飢えてもいました。
今なら、「テレビなんかなくても、YouTubeがあれば」という感じなのでしょうが、当時はパソコンの普及率すら決して高くなく、インターネット(有線)も携帯電話もほぼ一般家庭では使われておらず、スマートホンもタブレットも存在しない時代のことですから。
まだまだ、テレビの存在感は大きかったのです。
とはいえ、いつもなら夕方まで続くそんな楽しい団欒も、その日だけは、番組終了と共にお開きとなりました。
「さっ、チャズのおうちを見に行くわよ!」
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。