採れたて本!【国内ミステリ#17】
江戸川乱歩と横溝正史。ともに日本探偵小説界を牽引した巨匠の中の巨匠である。後世のミステリに対する影響力の大きさでも甲乙つけ難い存在だけあって、彼ら自身が作中に登場するフィクションは枚挙に遑がない。とはいえ、2人が同格の主人公として登場する作例は稀であり、長江俊和『時空に棄てられた女 乱歩と正史の幻影奇譚』はそのような数少ない1冊である。
著者はフジテレビ系で放送された「放送禁止」シリーズや、ベストセラーとなった小説『出版禁止』などのフェイク・ドキュメンタリー風のミステリやホラーのイメージが強いので、新刊が乱歩と正史が登場する小説だと知った時はやや意外な印象を受けたけれども、巻頭の「序」には「本書は、取材対象者の証言と発見された〝原稿〟によって構成されたものである」という但し書きがあり、その点はいつもの長江タッチだ。
井川和真は、自分のバッグから見知らぬ女の生首と、謎めいた原稿の束を発見する。原稿には、「私」という書き手と江戸川乱歩の交友が描かれていた。読み進めてゆくと、どうやら「私」というのは横溝正史のことらしい。果たしてこれは、正史による未発表原稿なのだろうか。
昭和29年1月、正史は乱歩の誘いで、鬼塚貴和子という女性の話を聞くことになった。大学教授の妻だという貴和子は探偵小説好きで、2人の作品も読み込んでいた。ところが1カ月後、廃屋の庭から貴和子らしき首なし死体が発見される。事件が起こる前、夫の鬼塚教授のもとには、彼の元患者だった人物から脅迫状が届いていた。その人物はかつて自分の家族4人を殺害し、精神鑑定の結果、治療のため鬼塚教授に預けられたが、3年前に病院を脱走していたという……。
原稿に描かれた首なし殺人事件と、井川和真がバッグから発見した生首とが時空を超えてリンクするという異常事態が描かれ、物語が合理的に着地するのか、ホラー的な結末が待っているのか、終盤まで予断を許さない。乱歩と正史という、合理的な本格探偵小説を執筆しながらも怪奇幻想の変格探偵小説においても本領を発揮した2人の作家へのオマージュに相応しい趣向と言えるだろう。また、互いを敬愛しつつ感情的な衝突も繰り返し、それでいて探偵小説への情熱に精根を傾けたことでは一致し続けた両者の交友関係が、史実を踏まえつつ説得力豊かに解釈されているのも読みどころだ。終章はそんな2人に対するかなりストレートな讃歌となっており、思わず胸が熱くなるのを感じた。
『時空に棄てられた女 乱歩と正史の幻影奇譚』
長江俊和
講談社
評者=千街晶之