採れたて本!【国内ミステリ#16】

採れたて本!【国内ミステリ#16】

『毒入り火刑法廷』。ミステリファンならばこのタイトルから、アントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』と、ジョン・ディクスン・カーの『火刑法廷』を思い起こすだろう。かたや、貫井徳郎『プリズム』や米澤穂信『愚者のエンドロール』などの源流となった多重解決ミステリ。かたや、ルイ14世の時代に魔女として処刑された人物が転生したかのような不可解な謎を扱ったホラー・ミステリ。発表時期は20世紀前半ながら、今なお根強い人気を誇るマスターピースである。その双方をタイトルに取り入れたのだから、寿司と鰻重を同時にご馳走されたような豪勢な印象だ。

 著者の榊林銘は、2015年、「十五秒」で第12回ミステリーズ!新人賞で佳作に選ばれ、同作を含む短篇集『あと十五秒で死ぬ』でデビューした。誰も思いつかないような突飛な奇想と、ロジカルな謎解きとを融合させる手腕には定評がある。本書は著者の2冊目の著書であり、長篇としては第1作にあたる。

 作中の世界は、十数年前から魔女が出現するようになったパラレルワールド。魔女は箒に乗って空を飛んだり、黒猫に化けたりするなどの異能を持っており、現代物理学ではその仕組みの解明は不可能。やがて、魔女が魔法を用いて殺人を犯したが、現行の法律ではその罪を裁けない──という事態が起き、社会が動揺した際、突如として「火刑法廷」が降臨した。魔女のいる街に現れるその法廷では、有罪か無罪かを判定するのではなく魔女を発見することに特化した特殊な裁判が行われ、魔女と認定されれば直ちに火炙りとされるのだ。

 本書では3つの犯罪が火刑法廷で裁かれることになるが、最初の1件はハロルド・ヴェナブルズという男が転落死した事件。被告の少女アクトン・ベル・カラーが魔女か否かをめぐり、火刑審問官のオペラ・ガストールと弁護士の「毒羊」が論理対決を繰り広げるが、この2人のみならず事件関係者たちのキャラクター造型もかなりエキセントリックだ(脳内で作中の光景を想像しようとすると、どうしても実写ではなくアニメ絵で浮かんでくるのは私だけではないだろう)。

 作中の事件のシチュエーションそのものは『毒入りチョコレート事件』や『火刑法廷』というよりは、カーがカーター・ディクスン名義で発表した『ユダの窓』を想起させるけれども、多重解決とオカルト要素を融合させた構成は確かに両作品の遺伝子を継承している。火刑法廷という推理空間を舞台に、話が進行するにつれて3つの事件が絡み合いながら真相を二転三転させてゆく複雑かつダイナミックな構成は圧倒的である。

毒入り火刑法廷

『毒入り火刑法廷』
榊林 銘
光文社

評者=千街晶之 

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