採れたて本!【歴史・時代小説#19】
ゾンビが出てくる歴史時代小説は、都筑道夫『神州魔法陣』、火坂雅志『関ヶ原幻魔帖』、菊地秀行『幕末屍軍団』、荒山徹『魔風海峡』、風野真知雄〈くノ一秘録〉シリーズなどがあるので決して珍しくはない。だが、ゾンビものの歴史時代小説だけの書き下ろしアンソロジーが刊行されたのは驚きだった。新鋭から中堅までの五人の作家が参加しているので、ジャンルの最前線を知るにも最適の一冊だ。
本書は、東京から来た学者が、東北の漁村で不老長寿とされる女から怪異を聴くという枠物語になっている(枠にあたる「序章」「終章」の作者は天野純希)。
矢野隆「有我──一二八一年、壱岐」はゾンビが主人公の異色作で、薄れゆく意識の中でゾンビが過去を回想するシーンは、せつなさも募る。続く天野純希「死霊の山──一五七一年、近江比叡山」は、僧兵の信濃坊と恋人の百合が増殖する狐憑き(ゾンビ)から決死の逃避行を繰り広げる。狐憑きに嚙まれたら狐憑きになるなど、定番の設定を活かした王道的な作品となっている。合戦シーンに定評のある矢野、天野だけに迫真のアクションが連続し、二作とも有名な歴史的事件の外伝になっているのも面白い。
西條奈加「土筆の指──江戸時代初期、中部地方」は、墓から稗八が甦り、住職と年長の僧が留守のため、小坊主と先輩、寺男が、稗八への対応を考えていく。稗八という男の周辺を調べた三人が、思わぬ事実を突き止めるだけにミステリーとしても楽しめる。蝉谷めぐ実「肉当て京伝──一七九三年、江戸銀座」は、著名な文人だった山東京伝には吉原の遊女だった妻のお菊がいた史実と、人魚の肉を食べて不老不死になった八百比丘尼の伝説を融合させている。生者と死者の再会という神話の昔からあるモチーフを再構築して恐ろしくも美しい恋愛物語を作り、それを京伝作の『箱入娘面屋人魚』の創作秘話に繫げる手腕も鮮やかである。
澤田瞳子「ねむり猫──一八二六年、江戸城大奥」は、愛猫家の著者がスティーブン・キング『ペット・セマタリー』に挑戦状を叩きつけたかのような一作である。大奥では感染した動物に傷を付けられたら同じ動く死体になる腐れ身なる奇病が定期的に発生し、将軍の寵愛を失ったお紺が腐れ身になった姫を離さず、部屋ごと焼き殺されたとの話も広まっていた。徳川家慶の側室の愛猫・漆丸が、腐れ身の犬に嚙まれて死んだ。漆丸を可愛がっていた部屋子のお須美は、焼却処分するよう命じた局女中に逆らい、密かに漆丸を大奥の外に連れ出そうとする。
ジョージ・A・ロメロ監督の古典的名作映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』には、アフリカ系アメリカ人をヒーローにすることで人種差別を批判する社会風刺の一面があった。矢野と天野が人間の限りない欲望を、西條と蝉谷が男女間の愛憎を、澤田が動物に対する人間の身勝手さ、女性を抑圧する社会、感染症の恐怖を描いた本書も、そうしたゾンビものの伝統を受け継いでいるのである。
『歴屍物語集成 畏怖』
天野純希 西條奈加 澤田瞳子 蝉谷めぐ実 矢野 隆
中央公論新社
評者=末國善己