採れたて本!【海外ミステリ#19】

採れたて本!【海外ミステリ#19】

 ハヤカワ文庫NVには、ここでしか味わえない興奮がある。アクションと謀略の魅力にどっぷりと漬かりたい時、冒険小説の熱に触れたい時には、白い背のNVを手に取る。アリステア・マクリーン、ジャック・ヒギンズ、ジョン・ル・カレ、血湧き肉躍るアクションを、あるいは怜悧な情報戦を描くそんな作家たちの系譜に、今新たに、M・W・クレイヴンの名前が加わった。『恐怖を失った男』という傑作を携えて。

 M・W・クレイヴンはこれまで、ハヤカワ文庫の「HM」、つまりハヤカワ・ミステリ文庫の作家として日本に紹介されてきた。それが『ストーンサークルの殺人』に始まる〈ワシントン・ポー〉シリーズであり、こちらは警察小説だった。同シリーズの第四作『グレイラットの殺人』において、国際謀略色の強いプロットを導入し、クレイヴンの軍隊経験が活かされた作品がきたなと思わされたが、『恐怖を失った男』ではその本領がいよいよ発揮される。

 連邦保安官局のベン・ケーニグは、頭部に銃弾を受けたことにより、恐怖の感情を失った男であり、マフィアから懸賞金をかけられ、逃亡生活を送る身である。そんな彼はかつての上司から、行方不明になった一人娘の捜索を命じられ、新たな作戦に身を投じることになる……というのが大体のあらすじなのだが、冒頭、ベンが警官に取り囲まれ、銃を突き付けられているにもかかわらず、その作戦の不備を淡々と指摘するパートからグッと心を摑まれてしまう。この小説は、冒険小説でありアクション小説だが、何よりも魅力的なのはベン・ケーニグその人だ。もちろん、クールで剛毅な男ではあるが、どこかとぼけた、ユーモラスな雰囲気も漂わせている。

 帯には「構想十年に及ぶ超大作」であることがうたわれているが、〈ワシントン・ポー〉シリーズで培った小説技術は、『恐怖を失った男』でも十全に発揮されている。一つ目は伏線の魅力だ。本書は謎解きの小説ではないが、あのシーンが伏線だったのか、という驚きは、冒険小説のプロットでも見事に機能している。二つ目はクリフハンガーの技術だ。節の切れ目で気になる情報を提示し、えっ、どういうことなの、という興味でぐいぐい続きを読ませてしまう。〈ワシントン・ポー〉シリーズでもたびたびその巧さを見せつけてくれたが、『恐怖を失った男』のような一直線の冒険小説の展開の中では、クリフハンガーの魅力はより際立つ。六百ページ以上の超大作だが、長さを感じさせないのはクレイヴンの技術の凄さゆえだ。楽しみなシリーズがまた一つ。ベン・ケーニグにこれからも注目だ。

恐怖を失った男

『恐怖を失った男』
M・W・クレイヴン 訳/山中朝晶
ハヤカワ文庫NV

評者=阿津川辰海 

萩原ゆか「よう、サボロー」第60回
ニホンゴ「再定義」 第18回「上から目線」