採れたて本!【海外ミステリ#15】

採れたて本!【海外ミステリ#15】

 ハヤカワ・ポケット・ミステリは二〇二三年に創刊七十周年を迎えた。昨年九月から組まれている「ポケミス創刊七十周年記念ラインナップ」は、各国から様々な型のミステリが紹介され、充実した内容になっている。オーストラリアのクリス・ハマー『渇きの地』(以下、版元は全てハヤカワ・ポケット・ミステリ)は銃撃事件の動機を中心に据えた重量級の推理小説であり、韓国のユン・ゴウン『夜間旅行者』は災害の跡地を巡るダークツーリズムをテーマにした「奇妙な味」小説。スウェーデンのパスカル・エングマン『黒い錠剤 スウェーデン国家警察ファイル』は北欧圏らしい社会派ミステリであり、強烈な主題を抉り出してみせる。アメリカのイーライ・クレイナー『傷を抱えて闇を走れ』は一転、オーソドックスなアメリカン・ハードボイルドの味わいだ。

 そして二〇二四年一月、ポケミスは1999番に到達。次なる刺客はスペインから放たれた。ハビエル・セルカス『テラ・アルタの憎悪』がそれだ。スペイン、カタルーニャ州の田舎町テラ・アルタで巻き起こる惨殺事件を描く現在パートと、主人公の刑事であるメルチョールがいかにして警察官の道を志したかを描く過去パートとに分かれた構成になっている。

「事件など起こらない」と言われているような田舎町で起こった、謎めいた殺人事件。惨劇はなぜ起こったのか? 現在パートは尻上がりに面白くなっていき、衝撃の展開と、どこか寂し気なラストまで目を離すことが出来ない。しかし、もっと面白いのが過去パートだ。

 非行少年だったメルチョールは、カルテルのボスのボディガードとして勤めていた時に、当のカルテルが解体され、刑務所に入ることに。刑務所でメルチョールが出会ったのは、刑務所の図書館係であるフランス人・ジル。彼がきっかけで手に取った『レ・ミゼラブル』に、メルチョールは魅了されてしまう。彼は『レ・ミゼラブル』に描かれたジャベールの姿に憧れ、警察官になることを志す。

 作品を知っている人なら、「なぜ、あのジャベールに憧れるのだろう?」と思うだろう。しかし、そこにもメルチョールならではの理由がある。その理由が語られるパートは、さながら読書会のような面白さになっている。『レ・ミゼラブル』は『テラ・アルタの憎悪』の中心を貫く、太い芯として機能している。この点だけでも実に素晴らしく、忘れ難い一冊だ。

「ポケミス創刊七十周年記念ラインナップ」は、二〇二四年二月に刊行された2000番の馬伯庸『両京十五日 Ⅰ 凶兆』が終点だ。同書は中国の歴史サスペンス×冒険小説で、二月に一巻、三月に二巻を連続で刊行する。

テラ・アルタの憎悪

『テラ・アルタの憎悪』
ハビエル・セルカス 訳/白川貴子
ハヤカワ・ポケット・ミステリ

評者=阿津川辰海 

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