椹野道流の英国つれづれ 第35回
◆銀行口座を巡る戦い #2
「なんで? なんで、銀行口座を開けないの? あの人、大丈夫って言ったよね?」
愕然として訊ねる私に、アレックスは初めて見る険しい顔で頷きます。
「僕も覚えているよ。窓口の彼女は、問題ないと言った。そのことを伝えて君の代わりに抗議したんだけど、ダメだったんだ」
「どうして?」
ただでさえ拙い英語が、動揺しているせいで、余計に上手く出てきません。
まるで幼児のように〝Why?〟 としか言えなかった私は、きっと泣きそうな顔をしていたのでしょう。
アレックスはオロオロした様子で、〝Calm down〟 ……「落ち着いて」と両手を胸の高さまで上げて言いました。
「君が留学生だということは証明できている。問題ない。学費は前納されていることも、校長が保証人になることもちゃんと伝わっていて、それで銀行口座を開くに十分だ、と受付の彼女は言っていたよね?」
私は、こっくりと頷きます。
「でも、実はもうひとつ、口座開設には条件があったんだそうだ」
「もうひとつって、何?」
アレックスは、節がハッキリした、長い人差し指を立てました。
「この国に、住所があること」
「ん?」
「ごめんよ、これは受付嬢はもちろん、僕もうっかりしていた」
アレックスはそう言いながら空いていた椅子を引き、私と向かい合うように腰を下ろして、再度、謝罪の言葉を口にしてから説明を続けました。
「これまで銀行口座開設を手伝った生徒さんはみんな、ホストファミリーと暮らしていたんだ。だから、留学期間、ずっとそこに住むと誓約すれば、そこが『住まい』だと認定された。でも君は」
「B&Bに泊まってるんじゃ、ダメなんだ?」
「無論、君がそのままあのB&Bに1年宿泊を続ける、その証拠に宿代を前納するといえば話は変わってくると思うけれど、それは……」
「無理。だって、今、手持ちのお金があんまりないから、銀行口座を開きたいんだもの。日本から、お金を送って貰わないと」
「だよね。わかってる」
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。