辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第43回「これぞ令和の」

辻堂ホームズ子育て事件簿
3度目の〝1ヶ月健診〟。
思いがけない理由で
周囲から浮いてしまい…!?

 2024年9月×日

 新調した抱っこ紐に収まる、小さな、小さな次女。

 私が着ているパーカーの胸元に顔を押しつけるようにして寝ているものだから、ちゃんと息ができているか不安になって、何度も呼吸音に耳を傾けたり、足の裏や脇腹をつついたりしてしまう。私の右手には、赤ちゃんの着替えや哺乳瓶を入れた大きめのバッグ。左手には、予約票や母子手帳を挟んだ病院のクリアファイル。『ツジドウ ユメベビー』(※実際には本名)と印字されていた診察券を、総合病院の1階ロビーにある外来受付で次女の正式な名前に書き換えてもらってから、小児科の待合スペースへと移動する。

 抱っこ紐の中の次女を起こさないよう、ゆっくりと長椅子に腰かける。同じく1か月健診の順番待ちをしている他の親たちを見回し、初めて気づいた。私と次女の2人組が、なかなかに場違いであることに──。

 

 時をいくらか巻き戻し、自宅での平和な朝。

 いや、上の子たちは5時台~6時頃には起き出してくるし、私が朝ご飯のお皿をテーブルに並べている間にも次女は浅い睡眠から目覚めて泣き出すから、さほど平和というわけでもないのだけれど……今日も2歳息子がベビーラックを覗き込み、「●●ちゃん、おきてるよ! ママ、●●ちゃん、もって!」と指示を飛ばしてくる。

 持って、だなんて、まるで妹をぬいぐるみか何かのように。抱っこしてと言いなさい、抱っこしてと。まあ確かにそのくらいの大きさしかないのだけれど──と心の中で呟きながら、私は次女のそばに駆けつける。どうやらおむつが濡れているようだ。急いでおむつ替えの準備をしていると、息子が次女に顔を近づけ、なだめるように語りかけ始める。

 ああ、すっかりお兄ちゃんだなぁ、妹に優しく声をかけて泣き止ませようとしてくれているんだなぁ──と感動しかけたのも束の間、よくよく耳を傾けてみると、息子の台詞がおかしい。

「●●ちゃん、ゴリラこないよ! だいじょうぶだよ」

 ゴリラ? ゴリラって何だ、ゴリラって。そういえば息子は最近、暗い廊下に出るときに「ゴリラがいるからこわい」と怖気づいたり、保育園で行った避難訓練の話をしているときに「ゴリラがきたら、ここにかくれる」とテーブルの下を指差したりしていた。2歳息子にとって、ゴリラとは、お化けや地震などの目に見えない脅威を象徴する存在であるようだ。いやいや、どうしてそうなってしまったのだか。

「●●ちゃん、ルンバこわい?」

 そう、息子がゴリラの次に恐れているものがルンバだ。お掃除ロボットがリビングを動き回っている間、息子は床に降り立つこともできず、安全圏であるソファの上から「ママぁ、だっこしてぇー!」といつも必死の形相で助けを求めてくる。……って、お兄ちゃんらしく妹を気遣うふりして、自分がこの世で怖いものをただ列挙しているだけじゃないか、息子よ。

 お兄ちゃんになった息子は赤ちゃんに興味津々で、1日に何度も妹を抱っこしたがる。なるべく願いを叶えてあげたいと思いつつも、授乳などのお世話をしている間にもお構いなく要求してくるので、毎度対応するのが億劫になってしまうほどだ。

 一方の4歳長女は、「ママが一緒に持つから大丈夫だよ」とこちらから積極的に誘っても、頑なに赤ちゃんを抱っこしようとしない。聞くと、落としてしまいそうで怖いのだという。そういえば息子が生まれたときも、当時1歳だった長女はほとんど新生児に触ろうとしなかった。ベビーベッドを頻繁に覗いたり、目の前にちょこんと座ったりして、ただ静かに見守るのみ。その慎重な性格は、未だに健在のようだ。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。

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