採れたて本!【海外ミステリ#24】
フランスのミステリ作家、ジェローム・ルブリによる『魔女の檻』は、読者を挑発する趣向に満ち溢れた作品だ。
この作家が日本に初紹介されたのは、『魔王の島』という長編によってだった。ナチスの実験施設の残る孤島を舞台に、子供たちの死と島の謎を追う……というのが骨格なのだが、構成からして油断のならない小説で、文春文庫の帯には「彼女のはなしは信じるな。」という挑発的な文言が躍る。一体、どのようにオトすつもりなのか? 読者の心配をよそに、反則スレスレの大ネタで、世界そのものが横転してしまう。ミステリだと思って真面目に読むと、アンフェア気味であることは否定出来ない。正直に言えば私も『魔王の島』を読んだ時には、困惑した。
こんなことを言っているのは、決してルブリという作家を貶めたいからではない。むしろ、そんな体験をしたにもかかわらず、『魔王の島』という小説を忘れることが出来ず、新たな邦訳作『魔女の檻』を目にして、真っ先に手に取ってしまったことを告白したいからだ。『魔王の島』の時には、ミステリの文脈でのみ捉え過ぎたことを反省した。『魔王の島』と『魔女の檻』は、スタイルの違う小説だが、大きな共通点がある。どちらも、昏い過去を持つ共同体を描き、その共同体を支配せんとする強固な一つの意思を描く小説だ。その支配はあまりにも強大であるがゆえに、恐怖を惹起し、世界の形は歪み、力に耐えかねて崩壊する。その崩壊の呆気なくも強烈な音は、むしろ、ホラーの衝撃に近いのだ。
『魔女の檻』の冒頭では、新人記者のカミーユが、極秘の情報をエサにエリーズという女性に誘われ、車に乗り込む。行き先はモンモール村。その村では、大勢の村民が謎めいた死を遂げたという。車の中で、カミーユは事件ファイルを開くように促される。目的地に着けば答えは分かる、だからそれまでに読んでおけ、と。
事件ファイルには、新任の警察署長として村に配属されたジュリアンの行動が描かれている。続発する怪事件と、村の忌まわしき過去。事件の真相は一体どこにあるのか?
ファイルには「事実」と題された客観情報が含まれ、それがまた、意味深に投げ出されたピースとして読者を挑発する。真相が見えた時、あまりにも壮大な構図に驚かされた。ここまで強烈で趣味の悪い悪夢を築き上げる情熱とは、どれほどのものだろう。
真相の倫理的な側面に、眉をひそめる読者もいるかもしれない。しかし、人間のグロテスクな欲望を直視することも、ホラーミステリーという枠組みだからこそ成し得ることだろう。
『魔女の檻』
ジェローム・ルブリ
監訳/坂田雪子 訳/青木智美
文春文庫
評者=阿津川辰海