辛酸なめ子「お金入門」 9.ゴールドに願いを……

トランプ大統領に就任してから、厳しい関税政策のせいで株価が暴落。大統領自らも景気後退を否定しなかったことも、投資家の不安を煽っています。少し前まで、トランプ大統領になってますます米国経済は発展すると言われていたのですが、今は「トランプ不況」という言葉も生まれています。米国株が多く含まれている投資信託をいくつか所有しているのですがここ1、2ヶ月で資産がかなり減ってしまいました。同じく海外ファンドの投資信託を運用している女友だちも、老後資金が半減した、と嘆いています。
株式市場の不確実性が高まると、安定資産である金の価格が高まります。金の価格は2025年3月時点で1グラム16000円を超えました。ほんの数年前、2022年は7000円台だったことを思うと、買っておけばよかったという後悔が募ります。もっといえば、1998年はグラム865円でしたが、20代の自分には金を買うという発想はありませんでした。このまま金は上がり続けるのでしょうか。
先日、証券会社のセミナーに参加し、金や株式など今後のマーケットの動きについて拝聴する機会がありました。その証券会社とはこれまで取引はなかったのですが、無料セミナーなので気軽に申し込んでみました。会場は秋葉原の広いホール、参加者は200人前後で年齢層は高めです。なぜか座席がかなり狭いピッチで並んでいて、指定された真ん中の席に着くと、前後の余裕がないため出られないという圧迫感が。自分の前の机と後ろの机の間が、ぎりぎり椅子に座った幅しかありません。また、長い机が複数台、横一列にぴったりくっついているのも出にくくさせています。無料セミナーなので気軽に途中で退席できない仕組みになっているのでしょうか。覚悟を決めて、セミナーを聞かせていたただきました。
最初に登壇したのは証券会社のマネージャーのHさん。トランプ大統領就任後の為替や金についてのセミナーで「ゴールドの値段が上がっているわけではなく、通貨が安くなっているんです」という話から始まりました。まず、基軸通貨(国際通貨制度において、取引の決済などに使われる各国通貨の価値基準となる通貨)はずっと米ドルというイメージがありましたが、500年前はポルトガルで、それからスペイン、フランス、イギリス、アメリカと通貨が切り替わってきたそうです。今はアメリカが世界経済の中心みたいに思われていますが、これからアメリカの国力は落ちていくのでは、とのこと。米国経済や米ドルの信頼性も揺らいでいる今、昔は通過だったゴールドに、お金が戻っている現象が起きているそうです。
「今までアメリカも日本も、何かあったらとりあえずお金を刷ればいい、という考えでした。でも、通貨が供給過多になったことで価値が下がってしまいました。アメリカの債務の状態も悪く、債務に対して発生する利払いも年々増えています」
定期的に、アメリカが、債務を支払えなくてデフォルト(債務不履行)するかもしれない、というニュースが流れていて、その度に米国株が心配になります。イーロン・マスクが「政府効率化省」の事実上のトップになって節約を進めているそうなので、部外者としては見守るしかありません。アメリカの借金が増えている、という深刻な話題なのに、会場を見るとシニア世代の男性が何人も居眠りしていました。不安な情報が続くと、脳が強制的に現実逃避モードになるのでしょうか。
「今、アメリカは約36兆ドルの債務があり、あと2年したら42兆ドルになると予測されています。トランプさんは関税をかけたり、必死に節約したりしていますが、インフレになってしまう懸念も。アメリカの経済はどう考えても持続可能ではないです。負のループは終わらず、通貨はどんどん安くなる。周りの国々もドル離れしています。いっぽうでゴールドの価格は上昇していくでしょう」
証券会社の敏腕マネージャーなので、金を買わなければ、という心理に誘導するのがうまいです。午後で眠気がピークになる時間帯ですが、居眠りしている場合ではありません。
「通貨が安い、そうなったときに輝いてくるのがゴールドです。でも、世の中に出回っているゴールドは少なくなっていて、韓国では現物がないのでインゴットの販売が一時的に中断されました。ロンドン市場でもゴールドが手に入りにくい状況です。インドではコンビニでもゴールドが買えるところがありますが、すぐ売り切れるそうです。何をお伝えしたいかといえば、ポートフォリオにゴールドを組み込んでいただいたほうが良い、ということ。今、お持ちいただいたらお喜びいただける状況になると思います」
と、ゴールド推しのH氏。ゴールドの現物だけでなく、金融商品にもいいものがあるそうです。
「ゴールドの現物は5年以上所有しないと税金が高くなってしまいます。現物が介在しない金融商品にはETFとCFDがあります。ETFは金の価格に連動し、リアルタイムで売買できて長期保有できます。CFDはレバレッジをかけることができますが、期限があり、長期保有できません。ゴールドは長期保有している方が勝てます。そうなると、現物かETFがおすすめですが、ETFは信託報酬が取られて目減りしてしまいます。また、金の積み立て、という方法もあります。毎月1万円で買えるぶんの金を買っていく。通貨がどんどん安くなっているので貯金するよりは良いです。また、ゴールドの現物は売るときにしか税金が発生しないので、現物をずっと持っているのもおすすめです」
知らない専門用語が次々出てきました。金の価格に連動するけれど現物はない金融商品は、まさに錬金術のよう。レバレッジも素人が手を出したら危なそうに思えます。
セミナーの質問コーナーでは、中高年男性が「通貨が下がって、ゴールドが上がっているわけじゃない、ということについてもう少し教えてください。あと、ゴールドは持ち続けたほうが良いそうですが、自分が死んじゃってそれっきりになったらおもしろくもなんともないんですが……」という率直な質問を投げかけていました。
H氏は、通貨とゴールドの関係について、さらに知識を披露してくれました。かつて、アメリカでは35ドルと金1オンスを交換できたそうですが、ニクソン大統領が1971年に突然、金とドルの交換を停止。金の裏付けがなくなり、無尽蔵に通貨が発行できるようになりました。金の量は有限なので、通貨は発行すればするほど価値が下がってしまっているそうです。私の担当の証券会社の人も、「世界の金の量は、25メートルプール4個ぶんしかないので、今後も価値は上昇していく安定資産」だと言っていました。
「もともとは金が通貨なんです。人間が勝手に紙切れを発行しはじめたんです。でも、ここまで上がってしまうのは世の中がおかしくなっているということ。ただ、国の債務残高に関しては、アメリカより日本の方が多くて、アメリカのほうがましです。国が稼ぐ力があるかどうかでいえば、アメリカは力が強い。アメリカは成長していて、将来のためにお金を使っていく。日本は基幹産業がなくなってきていて、国に力がないんです。将来的にはどんどん円安になっていくでしょう。とにかく、金をポートフォリオに加えたほうが良いです」
アメリカの債務を心配していましたが、実は日本のほうがやばい状況のようです。アメリカの関税対策で、自動車産業にも影響が。そして個人的にも気になっていた、金関連の投資商品を持っていても死んだら換金もできないし使えない、という男性の質問はスルーされていました。やはり証券会社としては死ぬまで売らずに持っていてもらいたい、というのが本音なのでしょう。私も自分の所有している金融商品の売り時がわかりません。人はいつ死ぬかタイミングが全く読めないです。金よりも人の時間のほうが有限だと思えます。
その後のセミナーは有識者が登壇し、引き続き米国経済の行方、そしてゴールドの有用性について語っていました。「通貨変動があるので、当然金は買われ続けます。安定的な投資先として、まずは金だと思います」とのことでした。この証券会社からは、後日、金について喫茶店などで説明したい、と電話がかかってきましたが、予定が入っていたので断ると、以来連絡は途絶えました。しかしこのセミナーがあった2月から、約1ヶ月で金は1000円近く上昇していたので、チャンスを逃してしまったかもしれません。
ふと、思い出したのが家のどこかに眠っているはずの金貨です。2011年に女性誌の取材で金について識者に話を聞いたり、田中貴金属を取材したりした機会がありました。そのときに自腹で買った1/4オンス(約7グラム)のメープル金貨。約4万円でしたが、金が高騰している今、3倍くらいになっていたら嬉しいです。1時間ほど家の中の引き出しを捜索し、ついに発見。故エリザベス女王の横顔が刻まれた、小さいけれど重みのある金貨です。田中貴金属のサイトを見たら、2025年3月の時点では12万円弱で買い取りしてもらえるようですが、物体として愛着がわいてきて(今までずっと放置していたのに)、手放したくなくなってきました。ちなみにこの金貨以外、家にある手持ちのアクセサリーはだいたい金メッキで、ゴールドとして価値があるものはなさそうです。
2011年の取材で話を聞いた有名占い師さんは、「古代エジプトでは、フォラオのマスクにも使われ、家の繁栄や不老不死の象徴として珍重されてきた」「金には魔除け効果がある」「陰陽五行論でも、金は人間の体の多くを占める水に対してプラスに働く効果がある。とくに名前に水関係やさんずいの漢字がある人は、金と相性が良い」と話していました。自分の本名にはさんずいの漢字が2つあり、そのせいか金貨を握っていると精神が安定してくる感があります。魔除けや浄化、活性化などの効果を考えると、やはり金の現物は最強です。また、2017年に取材したDr.コパさんも、金塊を持つことの重要性についておっしゃっていました。金塊を部屋の北西に置けば幸せになるそうで「運の上限を歩むために必要です」とのことでした。金は高騰しすぎていて、なかなか新たには買えませんが、今ある現物を大切にしていきたいです。
そんな金のニーズが高まっている今、引き寄せの法則が働いたのか、金関連のニュースが飛び込んできました。まず、プリンセス天功さんが、使えきれないほどの金銀財宝を国内の6カ所に埋めたとのこと。プリンセス天功埋蔵金、夢があります。昔、仕事でご一緒したことがあるので連絡したらヒントを教えてもらえるかもしれない……という淡い期待がわいてきました。また、別の陰謀論界隈では「皇居の地下に17垓円の埋蔵金が埋まっている」という説が浮上。大金が埋まっていると思うと、パワースポットの体感が増幅します。さっそく皇居の東御苑に行くことにしました。金の現物や金融商品を持つ以外にも、金についての幻想や夢に浸る、というのも運気やメンタルに良い効果を及ぼしそうです。
安定資産の金は、心を金で満たすイメージをすることでも心身を安定させます。

(次回は5月24日に公開予定です)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『新・人間関係のルール』『大人のマナー術』『煩悩ディスタンス』などがある。
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