ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第153回

「ハクマン」第153回
漫画家の「やる気を失う」は
「正気を取り戻す」と
同義だったりする

現在この連載を書籍化するための作業中である。

前々から書籍化するという話はあったのだが、せっかくだから私の漫画がドラマ化するタイミングで出そうという流れになった。

ちなみにドラマ化するのは完全に他社作品である。

このやる気とプライドが反比例した行動力は嫌いではない、むしろ読者どころか作者にすら単行本発売日を知らせない無気力編集ほど作家のやる気を奪うものはない。

編集者は「この時間にお前のXアカウントで漫画をアップしろ、前みたいに#漫画が読めるハッシュタグをつけ忘れるな」と言って36枚画像を送ってくるぐらいでちょうどいい。

ただ、どうせ炎上しても燃えるのは作者のアカウントだからいいと思っているのか、屈指の露悪回を一番誤解を招くコマサムネでアップしろと指示するのはやめてほしい。それはツーモアとか巨大組織がやることだ。

だが、機運に乗じてやろうという気概があるのはいい。むしろ今動かない奴は家が燃えても動くなよ、としか言いようがない。

ただ「せっかくだから抱き合わせよう」と提案してくる奴が1人ではなく、複数のやる気に対し私は1人しかいない上、1人分以下のやる気しか配合してない問題がある。

冷静に考えれば、白紙の原稿用紙いっぱいに絵を描くだけでも結構なことである。

絵を描く習慣がない人間はそれすら断念するかもしれないし、それ以前に「B4」という日常ではあまり使わないサイズの紙を見た時点で精神が不安定になって早退してしまうだろう。

漫画はその紙をさらに何個かに区切り、その1個1個に絵を描き、それを何ページも繰り返すという変態作業である。

「よく面倒くさくならないな」と思うかもしれないが、実は漫画家も大多数が面倒くさくはなっているのだ。

ただ、こんなKITTYGUY(子猫が大好きな成人男性)行為以上に「会社に行って他者と協調する仕事」ができなかったのだから仕方ない。むしろそれに対する天罰だとしたら優しい方だ。

よって、絵や漫画を描くのがある程度好きな人でも、漫画を一作描き上げるには一定以上の「やる気」が必要になってくる。

漫画を完成できない人間は1ページ目にはあったやる気をいつも3ページ目の2コマあたりで失うから永遠に完成できないのだ。

これを完成できるのが漫画家なのだが、正直漫画家でもやる気は普通に失うし、何だったら連載中に失うという、投稿作を完成しない奴より性質の悪い失い方をしたりする。

ただ、漫画家の「やる気を失う」は「正気を取り戻す」と同義だったりもするので、ある日突然「こんなことやっていられるか」と原稿用紙を破り捨て、同じB4でも、それを二つに折った「履歴書」なるものを手に取ったというなら、それはそれでいい。

もちろん、やる気がなくても描き続けるのがプロなのだが、気力が一定値を下回るともはや「描けない」になってくるのだ。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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