森 バジル『探偵小石は恋しない』

固有名詞をお借りする
自分がこれまで書いてきた2作の単行本では、どちらも実在の固有名詞をたくさん出してきた。架空の街を舞台にした『ノウイットオール』では現実とのつながりをもたせたかったから(あと〝M-1〟を題材にしたかったから)という理由があり、生放送のTVバラエティを『なんで死体がスタジオに!?』でも実在のTV番組名を出すことで現実と地続きのような感覚になってもらいたかったという狙いがあった。
文章は、解像度が高いほど面白い。解像度を上げる最もシンプルな方法は固有名詞を使うことだ。「ビール」と書くより「ライムの刺さったコロナエキストラ」と書きたいし、「ちょっと高めのTシャツ」と書くより「マーガレットハウエルのカットソー」と書きたい。
だが、固有名詞を安直に使いすぎると小説への没入感を損ねてしまう危険性もあるし、何より名詞側のパワーにフリーライドしているような罪悪感もある。人物や物語の力より名詞の力が強いのは考え物だ。
前2作はそれぞれ固有名詞を使う理由があったのでふんだんに出しまくったわけだが、3作目となる『探偵小石は恋しない』を書き始めるにあたって、今回はあんまりむやみに固有名詞を使わずに行こうと意識しながら書き始めた。
さて、その前置きを踏まえて今作に登場する実在固有名詞の一部を列挙すると──『魍魎の匣』『名探偵のいけにえ』『方舟』『GOTH』『六人の嘘つきな大学生』『十角館の殺人』『死神の精度』。当初の意識はどこに消えたのか、結局ミステリのタイトルという固有名詞だらけである。
ただこれには明確に理由があって、主人公の小石が推理小説大好きで、小説の中のような探偵に憧れている(けど実際くるのは浮気調査ばっかり)というキャラクターによるものである。小石が好きな作品名を架空のものにする方法もあるが、それではしっくりこなかった。
登場した小説たちを読んだことのある方にはにやりとしていただき、未読の方は読むきっかけになる、そんな形になればいいじゃないかと、たくさん書名を出させていただいた。大先輩たちの名作のプロップスをお借りする形になっているので恐縮するばかりだが、読者の皆さまには小石に共感しながら読んでいただけたら嬉しい。普段ミステリを読まない方にも、この作品が入口になってくれたら幸甚だ。
ミステリ作品のご多分に漏れずネタバレ厳禁で読んでもらいたい内容となっているので、ぜひこのくらいの事前情報でお手に取ってみていただければ。
森 バジル(もり・ばじる)
1992年宮崎県生まれ。九州大学卒業。2018年、第23回スニーカー大賞《秋》の優秀賞を受賞。23年、『ノウイットオール あなただけが知っている』で第30回松本清張賞を受賞し、単行本デビュー。他の著作に『なんで死体がスタジオに!?』がある。