採れたて本!【国内ミステリ#34】

悪役俳優が、役のイメージと混同されて視聴者に嫌われるといった現象が実際にある。それだけ、役へのなりきりぶりが真に迫っているということなのだろう。しかし、そのあたりを混同するのは視聴者だけなのだろうか。俳優本人は、演じている時、役と自分自身との区別がついているのだろうか──阿津川辰海の新刊『最後のあいさつ』は、そんなことを考えさせる。
30年前、刑事ドラマ『左右田警部補』で主人公の左右田正親を演じていた俳優の雪宗衛が殺人の容疑で逮捕された。彼は妻の葵を殺害したと一度は認めたが、保釈後の記者会見の場で、巷を騒がせていた殺人鬼「流星4号」が葵を殺したという「推理」を披露した──その姿はまるで左右田警部補そのもののようだった。最高裁で無罪判決が下りたものの、雪宗が俳優に復帰することはなかった。「流星4号」は逮捕されたが、葵殺しだけは最後まで自分の犯行だと認めることなく死刑が執行された。
この奇怪な過去の事件と同じ手口の犯罪が新たに発生し、ドキュメントノベル『罪の足跡』で日本ミステリー作家協会賞を受賞した作家の風見創と、幼馴染みの記者・小田島一成がその謎を追うかたちで物語は進行する。興味深いのは、作中の『左右田警部補』という架空のドラマだ。1994年スタートの『古畑任三郎』に先駆けて推理の要素を重視したドラマだったという設定だが、慇懃無礼だが優秀で自分の正義を貫く左右田と、行動派の若手刑事・夕桐寛のコンビが人気を呼び、シーズン7まで作られた……というあたり、現在も続く人気刑事ドラマ『相棒』をどうしても想起させる。正直、本書を読んでいて、雪宗衛を水谷豊以外のイメージで想像するのは難しいだろう。
葵の死の3日後、本来ならば『左右田警部補』シーズン7の最終回「最後のあいさつ」が放送される予定だった。事件のせいでこの回は一般視聴者の目に触れることなくお蔵入りとなったが、この最終回の内容も本書において解くべき謎だ。風見は、出演者・プロデューサー・監督・脚本家といった当時の番組関係者から事情を聞こうとするが、その過程もリアリティを感じさせる。
果たして雪宗衛は有罪か無罪か、新たに起きた殺人事件の犯人は誰か、そして最終回の真実とは。複雑に入り組んだ事件の真相から浮かび上がるのは、役になりきって生きる俳優の業の如きものだ。幕切れは『刑事コロンボ』のあるエピソードを想起させるが、そこに漂う悲哀さえ感じさせる味わいからは、著者のミステリドラマ愛が溢れている。
評者=千街晶之