ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第158回

「ハクマン」第158回
いま、我々に必要なのは
「休む度胸」である

「いいからテーピングだ!」

これは名作バスケ漫画スラムダンクでゴリこと赤木キャプテンがインターハイ出場がかかった試合で負傷した足をテーピングでごまかして出場しようとするのをマネージャーに止められた時に叫んだセリフだ。

平素は見た目も含め高校3年生とは思えぬ落ち着きを見せるゴリが「この試合の間さえ持てばあとはどうでもいい」と急に刹那的になった珍しいシーンである。

しかしリアルタイムでスラムダンクを読んでいた小学生の時もゴリのことを大人だと思っていたが、まさか40歳を過ぎた今でも「こいつ大人だな」と思っているとは思わなかった。

ここで安西先生の「まるで成長していない…!」の画像が貼られる。スラムダンクはあまりにも内容が濃密すぎて気づかないが、作中ではたった半年間の出来事なのだ、そしてそこから何も学ばなかった奴の人生はスラダンの画像3枚ぐらいで完結する。

試合は無事勝利に終わり、見事インターハイ出場を決めるのだが、試合が終わった瞬間、ゴリの足は猛烈に痛み始める、しかし「そんなことはどうでもいい」と引き続きハイなことを言うのだった、インターハイだけに。

何が言いたいかというと、私も自分の漫画のドラマ化が決まってから割とこんな心境であった。とりあえずドラマが終わるまで生きようと思っていたし、あとはどうなってもいいと思っていた。

高3のように「あとのことはどうでもいい」と思っている中年がいるだけで周囲にとっては脅威だとは思うが、ドラマ自体は個人的にはインターハイ出場決定級にイイ感じで終わったと思う。

しかし、ゴリは42歳児から見ても大人だが、ボディは高3なのだ、どうなってもいいと言われた足は普通に治るし、インターハイというさらに大きな舞台を前にモチベも以前以上である。

対してこちらは、傷の治りが遅いどころか、かさぶたを剥いだらさらに巨大な傷が出現する中年だし、ドラマが終わったあとは特に何もない。

そもそも、放送終了後に虚脱がやってくるであろうことは予想していたし、全くその通りになっただけだ。

手持ちの仕事に関しては、この原稿を催促を2日無視してから書き始めているように、若干の遅れ、先方からすれば大幅な遅れを出しながらこなしてはいるが、新しい仕事に関しては以前のようにすぐ着手する気になれないのが正直なところだ。

しかし、逆に今この状況で新しい仕事を始めようとすること自体正しいのか、という気もしてきた。

ゴリが試合が終わった瞬間足が猛烈に痛みだしたように、私もドラマが終わった瞬間、もしかして今まで無理しすぎていたのではないか、という気になってきた。

今まで「連載数多くない?」と言われることは多々あった。その度に「やればできるし、私のような薄利多売の木っ端作家は仕事がある内にやるべき」と言ってきたが、もしかしてこれは強烈なDVを受けている奴が「これは愛情表現だし、私みたいなのを愛してくれるのは彼だけ」と、前歯なしスマイルで言っているのと同じだったのかもしれない。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『シナントロープ』涌井 学 原作/此元和津也 
◎編集者コラム◎ 『ワシントン・ブラック』エシ・エデュジアン 訳/高見 浩