採れたて本!【歴史・時代小説#42】

採れたて本!【歴史・時代小説#42】

 現代の〝知の巨人〟である荒俣宏の新作は、文明開化の世になった近代日本を舞台に、最新の科学技術と奇談を結び付けた全6作の連作短編集である。

 物語は、新聞記者たちが経験した奇談を語る百物語形式で進んでいく。そのため、新聞の記事は文語体で書くべきか、言文一致体で書かれるべきかの議論や、政治記事中心の東京と文化娯楽記事も多い大阪の新聞の違い、新聞社には政党の機関紙だったり、政府御用を務めたりするものもあったが、それがなぜ不偏不党を掲げるようになったかなど、全体を通して読むと新聞の歴史も浮かび上がるようになっている。新聞が先鋭的だった時代が活写されていくので、新聞に批判的な人にこそ読んで欲しい。

 第一章「函館氷」は、第5回内国勧業博覧会で披露された大型冷蔵庫の結氷室に、なぜか抜身の日本刀が入った氷が展示される。第二章「橘氏の火葬炉」は、母親の火葬でトラウマを抱えた橘氏が開発した最新式の小型火葬炉で正体不明の人物が火葬され、その正体が物語を牽引していく。第三章「カーマンセラ嬢」は、パリで人気との触れ込みで来日したカーマンセラ嬢が、長時間あびると危険と知りながらX線を使って人体を透視するダンスに挑む。第四章「眼球の写真」は、日比谷焼打事件の夜、周囲を明るくする火球を目撃した記者が、その正体を調べようとする。第五章「二笑亭の電話」は、精神を病んだ男が設計、指揮して建てた奇妙な建築物「二笑亭」の探訪記で、なぜ男が奇妙な建物を造ったのかが推理される。

 新聞雑誌に載った事件を、実在の人物を使って物語にしたのは博覧強記の著者らしい。作中には、冬場に切り出した氷を夏場まで氷室で保管していた近代以前の氷の製造法、明治初期に起きた仏教式の火葬と、神道式の土葬の論争、博覧会や見世物の歴史、発見された当初のX線は見世物に使われていた史実、写真の発達史など、本筋とどのように繫がるのか判然としないエピソードが挿入されるが、それらがとにかく面白く、知られざる歴史に触れられることもあり知的興奮が満喫できる。火葬・土葬論争は、日本在住のイスラム教徒が土葬墓地を求めると、日本の伝統は火葬と反対する人たちがいる状況や、X線の問題は科学技術の発展が人類を幸福にも不幸にもする現状(福島第一原発の事故も想起させる)などと重なるだけに、現代の社会問題を歴史からどのように考えるかも突き付けていた。

 最終章「大砲とトリカブト」は、幕末の品川にお台場が築かれ、不漁になった漁師の女房たちが奉行所に門訴、漁師たちは示威行動として大砲を売りに来た男の協力を得てモルチール砲を撃った史実を題材にしている。幕末に蘭学を学んだ医師の中には軍学者になった者もいるが(その典型は長州藩の大村益次郎)、その理由を著者は、世に出るのに手っ取り早く、軍備を整えれば、町民や農民でも幕府の旗本を容易に制圧できる西洋の軍学に魅了されたなどと分析する。近代とそれ以前を対比し、気楽に気長に趣味を突き詰めた江戸の文人を理想とするような本書の価値観は、成果と経済性を短期間で求める現代のあり方に一石を投じたのではないか。その意味で本書は、著者が勉強法を論じた『すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる』とも共通している。

文明怪化奇談
『文明怪化奇談』
荒俣 宏
KADOKAWA

評者=末國善己 

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