◇自著を語る◇ 中澤日菜子『働く女子に明日は来る!』
約三か月間にわたって放送される連続テレビドラマ。本作品は、そんなテレビドラマが出来上がるまでの奮闘ぶりを、制作会社のアシスタントプロデューサーである三十一歳の女性の目線で追った小説である。
主人公は時崎七菜。弱小制作会社であるゆえに、アシスタントプロデューサーとはいえ七菜はありとあらゆる仕事に取り組まねばならない。スケジュール管理からキャストの世話、テレビ局との打ち合わせや原作者との折衝まで仕事は多岐にわたる。そんな大忙しの毎日なのに、さらに数々の試練が七菜を待ち受ける。
みずから招いてしまったミス、原作者の横暴や頼りにしていた上司の突然の入院、インフルエンザの猛威につづいて作品のお蔵入りに繋がる「大事件」まで、これでもかというくらい困難が七菜を襲う。それでも七菜はときに立ち止まり、ときに挫けそうになりながらも数々の難題を乗り越えていく──そんな「お仕事小説」である。本作品を書くにあたって、実際の制作会社に何度もお邪魔し、七菜のモデルである若き女性のアシスタントプロデューサーAさんに詳しいお話を伺った。そこで「ロケ飯」という存在に出合った。
長い撮影期間、キャストやスタッフに冷たいロケ弁当だけでなく温かいものを提供したい。その「ロケ飯」で、みんなに元気を出してもらいたい。そんな気持ちから制作会社のアシスタントプロデューサーは毎日ロケ飯を作るのである。
このロケ飯のエピソードがじつに面白かった。
例えば真夏のロケ。Aさんは「なにか冷たくてのど越しのいいものを」と考え、ロケ現場の公園で素麺を五十人分(!)茹でたそうである。ところが熱々の素麺は公園の水道ではいっかな冷えてくれず、結局ぐだぐだの、食べるに値しないものになってしまったという。
「なにをやってるんだ!」
上司にさんざん叱られたと、Aさんは苦笑していた。
また、スタッフのなかに、たまに料理自慢の方がいるときがあるという。そういう方が、あるとき何日間も煮込んだ特製ビーフシチューを差し入れてくださったそうだ。
Aさんは感激し「せっかくだからお握り弁当のときに添えて出そう」とシチューを冷蔵して、その日を待った。だが弁当のスケジュールを勘違いしてしまい──ビーフシチュー弁当のときに、特製ビーフシチューを出す羽目になってしまった。
「せっかくの極上シチューだったのに……」
いまだに悔しそうなAさんだった。
でもそうやってこころを砕いて作るロケ飯はとても美味しいであろうし、なによりまさに「同じ釜の飯を食う」ことで、キャストスタッフが一体になれるパワーを秘めていると思う。長くて辛い撮影だからこそ、美味しいものがみなに元気を与えてくれるのだ。
『働く女子に明日は来る!』では、章ごとに違うロケ飯を設定し、数々の試練を乗り越えていく源として描いた。
七菜と一緒にハラハラドキドキし、そして温かいロケ飯でこころを和ませ、明日への活力としていただければ、作者としてこれ以上の幸せはないと思っている。
中澤日菜子(なかざわ・ひなこ)
1969年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。2013年、『お父さんと伊藤さん』で第8回小説現代長編新人賞受賞。同作品は2016年に映画化された。また、『PTAグランパ!』がNHKにてドラマ化、17年と18年に放映された。その他の著書に『おまめごとの島』『ニュータウンクロニクル』『お願いおむらいす』などがある。今年10月『一等星の恋』(小学館文庫)を刊行。
『働く女子に明日は来る!』
著/中澤日菜子
〈「本の窓」2020年11月号掲載〉