今月のイチオシ本【エンタメ小説】

『車軸』
小佐野 彈
集英社

 歌人としては、第60回「短歌研究新人賞」、第12回「(池田晶子記念)わたくし、つまり Nobody 賞」、第63回「現代歌人協会賞」受賞、と錚々たる受賞歴を持つ気鋭の作者が書いた初の小説は、凶暴なまでの純粋さに満ちている。

 主人公は県会議員の父を持つ真奈美。進学のために上京し、大学で台湾とアメリカの二重国籍を持つアイリーンと知り合う。アイリーンの父親は、高名な医師であり、台湾の立法院の有力議員で、台湾北部を代表する地主のひとりでもある。アイリーンの家と比べると、代々田舎の県議を務めているだけの真奈美の実家は、裕福ではあるものの〝偽物〟であり、真奈美にとって嫌悪の対象だった。

 親の庇護下にあった地元では、「色白のきれいなお嬢さん」と褒められていたものの、自身の顔立ちの「つまらなさ」を自覚していた真奈美にとって、出会い頭に自分の顔を「地味」と評したアイリーンは、むしろ痛快だった。馬があった二人は、以来、行動をともにしていたのだが、アイリーンから紹介された、ゲイの潤と出会ったことで、愛の迷路へと踏み出してしまう。

 物語は、この真奈美と潤、そして異性愛者でありながら、営業で男を抱くこともできるホストの聖也が加わることで、際どいバランスの上に成り立つ三角な関係が組み上がる。その関係の行き着く先はどこなのか。

 潤の実家もまた、真奈美の家を遥かに凌ぐ家柄であり、経済的な基盤も桁が違うのだが、その潤でさえ自身の境遇にはコンプレックスを抱えている。〝本物〟に焦がれる真奈美と潤。二人が心の奥に抱える、ひりつくような欠落感。それは、愛で埋められるものなのか。

 お互いがお互いの魂の欠片のような、真奈美と潤。けれどそこにあるのは、決して重なり合えない肉体を持つ二人だ。狂おしいまでの切なさを噛みしめつつ、どこかですっと醒めている真奈美の横顔が、読後も頭から離れない。題材はありがちな物語であるにもかかわらず、とんでもなくエレガントで孤高。テン年代恋愛小説の傑作。

(文/吉田伸子)
〈「STORY BOX」2019年8月号掲載〉
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