本屋大賞・直木賞W受賞!恩田陸『蜜蜂と遠雷』はここがスゴイ!
2017年本屋大賞受賞作は恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』に決定!魅力的な候補作のあらすじとレビューを、本が大好きな3人の読者による座談会形式でご紹介します!果たして予想は当たったのでしょうか?
2017年4月11日に「2017年本屋大賞」が発表され、恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』が見事受賞しました。ピアノコンクールに出場する個性豊かな4人の登場人物の姿を描いた今作は、第156回直木賞も受賞した話題作。読めばきっと、ピアノの美しい旋律が聞こえてくること間違いありません。
「2017年本屋大賞」のノミネート作品は、第155回芥川賞受賞作の『コンビニ人間』を始めとした話題作が多く、どの作品が受賞しても不思議ではありませんでした。
さて、P+D MAGAZINE編集部は受賞作の発表前にノミネート作全10作品を徹底レビューする恒例企画、「勝手に座談会」を開催しました。果たして座談会に参加した読書大好きの編集部メンバー3名による受賞予想は当たっていたのでしょうか? また、惜しくも受賞を逃した作品の魅力とは?
(合わせて読みたい:創立メンバーが語る、本屋大賞のこれまでとこれから)
目次
1. 西加奈子『i』:漠然とした疎外感を抱いている人に、届いてほしい
2. 原田マハ『暗幕のゲルニカ』:ノンフィクションとフィクションが渦巻く、アートサスペンス
3. 村山早紀『桜風堂ものがたり』:「誰かの大切な居場所は、守らなきゃいけないんだ」
4. 川口俊和『コーヒーが冷めないうちに』:“過去に戻れる喫茶店”で巻き起こった、4つの奇跡
5. 村田沙耶香『コンビニ人間』:「普通」なのは主人公か、それとも彼女を取り巻く人間か?
6. 小川糸『ツバキ文具店』:ほっこり日常系小説かと思いきや、情熱的なお仕事小説
7. 塩田武士『罪の声』:物語の幕開けからおもしろい予感に満ちた、骨太な人間ドラマ
8. 森絵都『みかづき』:ひとつの家庭と塾の今昔を追った、感動巨編
9. 恩田陸『蜜蜂と遠雷』:個性豊かな4人による王道の少年漫画的作品
10. 森見登美彦『夜行』:これまでの森見作品とは違う、新しい表情を見せてくれる1冊
西加奈子『i』:漠然とした疎外感を抱いている人に、届いてほしい
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【あらすじ】
アメリカ人の父親と日本人の母親のもとに養子として迎え入れられたワイルド曽田アイ。優しい両親のもとで恵まれた日々を過ごすアイだったが、自らが生まれたシリアを思うたび、心苦しさを感じていた。
アイはあるときから、ニュースで見た大きな事件や災害の死者数をノートに書き留めるようになる。死者のことを意識するたびに、アイは自分が死を「免れた」存在だと感じ、罪悪感を募らせるのだった――。
渡邉:「アイデンティティとは?」という古典的なテーマを描いた作品ですよね。アイはシリアで生まれて養子として育てられた境遇であるからこそ、アイデンティティに思い悩むのも自然だったというか。
たしか西加奈子さんって、イラン生まれ、エジプト育ちという異色のバックグラウンドを持っていて。そんな彼女だからこそ、こういったアイの境遇がリアルに書けたのかな、と。
田中:私はこの『i』、壮大すぎて、あまり身近な物語だと感じられなかったです……。作中ではシリア騒乱をはじめ、現実に起きている戦争や災害についてもたびたび触れられるけど、そのたびに「死者数をノートに書き留める」というアイの行動が、よくわからなくて。
渡邉:作中では東日本大震災も起こりますが、そのシーンは?
田中:アイが地震の揺れに恐怖を覚えながらも、「私のからだに起こったことだ」と感じるシーンですよね。それまで世界のどこかで起きた災害や事件を客観的に見ていたアイが初めて、自分が災害の渦中にいると気づく、とても重要なシーンだなと。
豊城:私は『i』、すごく好きで。震災のシーンは特に印象的でした。両親はアメリカに来いとアイに何度も呼びかけるのに、彼女は東京に残ろうと決意する。アイが、初めて「当事者」になれた瞬間だったんだろうな、と。
田中:なるほど。アイのこの行動は、少し想像を超えてたなあ。それこそ、遠い国の出来事を聞いているような……。
豊城:「自意識過剰だよ」って声も聞こえてきそうな行動ですよね(笑)。
でも、アイは小さな頃からあらゆる不幸を「免れた」存在ゆえに、自分が生きている理由がわからない。だからこそ、高校の数学教師が言った「この世界にアイは存在しません。」という言葉に囚われ続けていたわけで……。
渡邉:“アイ”という言葉は虚数のiのことでもあるし、アイ自身のことでも、それこそ「愛」でもあるんですよね。
豊城:そうそう! アイは大学で数学を学ぶことになって、まるで数式を解き明かすように、自らにかけられた「アイは存在しない」という呪いを解いていく。その過程がとても鮮やかで美しかったです。大人になったアイが言われる「渦中にいなくても、その人たちのことを思って苦しんでいいと思う」という言葉がとてもよかった。
どこにいても自分だけは当事者になれない、というような、漠然とした疎外感を抱えている人に読んでほしい。読むべき人に届いてほしい作品だなと思います。
原田マハ『暗幕のゲルニカ』:ノンフィクションとフィクションが渦巻く、アートサスペンス
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【あらすじ】
ピカソの代表作のひとつであり、反戦のメッセージが込められた絵画、“ゲルニカ”。2003年のある日、国連本部のロビーに飾られていたゲルニカの複製が突如姿を消した。「ピカソ」と「戦争」をテーマにした展覧会を企画していたMoMAのキュレーター、八神瑤子は疑いの目が向けられてしまう――。
渡邉:2003年、同時多発テロの直後、国連で「イラクへ空爆を行う可能性」についてスピーチがあったときに、背景のゲルニカのタペストリーに暗幕がかかっていたという“ノンフィクション”の出来事。それが、フィクションの力によってここまで手に汗握るサスペンスになるとは……。 作者の原田マハさん自身がMoMAのキュレーターをやっていたからこそ、美術業界の駆け引きがすごくリアルですよね。
田中:実際に今スペインにある「ゲルニカ」も、どんなに世界的な美術館であったとしても貸し出しは不可能だとか。その難しさは取材やキュレーターの経験から知った原田マハさんでなかったら書けなかったのではないでしょうか。そして遥子が夫から贈られた、ピカソによる鳩のドローイングも後々キーアイテムとなりますが、「反戦」のシンボルである「ゲルニカ」と平和のシンボルである「鳩」のドローイングが作中でつながった瞬間は震えました。
豊城:「ゲルニカ」を借り出そうと奮闘する遥子と、「ゲルニカ」の制作過程を記録していたドラ・マールというふたりの女性の視点で語られていますが、どちらのパートも作りこまれていて、読ませるなあ、と! ただ、後半の展開がご都合主義になってしまっているのはちょっと不満点かも……。
田中:たしかに、テロリストたちが遥子を人質に「ゲルニカ」を奪おうとする怒涛の展開からの救出劇は「そんなに人の心はすぐに変わるのかな?」なんて疑問も生まれそうではあります。でも、そこから「テロに屈しない」という姿勢を貫くために展覧会を実施する発表を行った後、ラストシーンで「ゲルニカ」がどうなったのかを明らかにするつなぎ方は見事でした。アートの知識とハラハラするサスペンスに興味を持っている方におすすめしたいですね。
村山早紀『桜風堂ものがたり』:「誰かの大切な居場所は、守らなきゃいけないんだ」
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【あらすじ】
百貨店内の老舗書店、“銀河堂書店”で働く青年、月原一整。月原は、本の万引きをした少年を追いかけて事故に遭わせてしまったことをきっかけに、店を辞めざるを得なくなる。そんなとき、ブログを通じて親しくしていた「桜風堂」という書店を営む老人が、ぜひ会いたいと月原を桜野町に招いて……。
田中:個人的に、とても思い入れの強い作品です。私は書店でアルバイトをしていたことがあるんですが、「自分たちのことをこんなにリアルに書いてくれるなんて」と本屋さんに勤めている方の共感を呼びそうだなあと。
作品の後半では、登場人物が団重彦というシナリオライターの小説デビュー作、「四月の魚」を全力で売り出そうとするんですよね。発売前の小説のゲラを読んで興奮したり、手作りのPOPを作ろうと奮闘したり……。 1冊の本を売るため、全員の気持ちがひとつになってゆく展開にドキドキしました。
渡邉:1冊の本を世に出すために登場人物が一致団結する、というストーリーは、2012年の本屋大賞だった『舟を編む』を彷彿とさせますね。
田中:そうですね! 作中で本屋大賞について言及しているシーンもあるし、キャッチーな要素が盛りだくさんで。
でも、“ほっこり”だけかと思いきや、月原が長年勤めていた書店を辞めるきっかけが万引きだったり、それについてSNS上で叩かれる描写があったりと、本屋さんが抱えているリアルな問題や暗い話題もきちんと描かれている。
豊城:……とはいえ、このお話には悪人がひとりも登場しないですよね。万引き犯の男の子も根っからの悪人ではないし、それぞれのキャラクターも過剰といえるほどにデフォルメされていて、絵本みたいだなと感じました。
私はこの作品を、『i』と同じく、自分は部外者だとしか感じられない主人公が居場所を探すお話だと捉えて。「誰かの大切な居場所は、守らなきゃいけないんだ。守れるときにはね。」という台詞が好きでしたね。本好きな人の中には、本屋さんが唯一の自分のホームだと感じている人も少なくないと思うんですが(笑)、そういう人たちを肯定してくれているようで。
田中:帯に「涙は流れるかもしれない。けれど悲しい涙ではありません。」という言葉があるけど、これがまたいい仕掛けになっていますよね……。ぜひ、本を愛する人たち全員に読んでほしい!
川口俊和『コーヒーが冷めないうちに』:“過去に戻れる喫茶店”で巻き起こった、4つの奇跡
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【あらすじ】
とある街の片隅にひっそりとたたずむ喫茶店、フニクリフニクラ。この店のとある座席には“望んだとおりの時間に戻れる”という都市伝説があった。過去に戻るための条件があると知りながらも、今日も噂を聞きつけた客はフニクリフニクラを訪れていく。
田中:帯に「4回泣けます」とあるけれど、私は泣くというよりも設定に感心してしまったというか、感動ものではなくタイムトラベル小説という印象を持ったなあ。泣けなかったのは、登場人物にあまり共感できなかったというのもあるかもしれません。
豊城:「過去に戻ってやり直したい」という何かしらの思いがある人ほど、泣ける気がします。……とはいえ、私も説明が多すぎて物語の余白が感じられませんでした。4編通してルール説明が毎回あるから、逆にもたついてしまって、読んでいて引っかかって……。
田中:ただ、「過去に戻っても未来は変わらない」というルールは今までにあまりなかったし、斬新だとも思っていて。「未来を変えるために過去に戻ってやり直す」のが定石であるはずのタイムトラベルものが、変わるのが未来ではなく「当事者の心」になるのは珍しいなと。
渡邉:作者の川口さんはお芝居の演出や脚本も手がけてるとのことだけど、確かにルール説明がされているプロローグなんかを読むと、文章がト書きそのままという感じですね。もともと舞台だった作品を小説にしていることもあり、読んでいて画が浮かびやすい作品でした。
(合わせて読みたい:川口俊和ってどんな人?「コーヒーが冷めないうちに」著者紹介!)
村田沙耶香『コンビニ人間』:「普通」なのは主人公か、それとも彼女を取り巻く人間か?
出典:http://amzn.asia/agDXxDu
【あらすじ】
幼い頃から社会の中で生きづらさを感じていた主人公・古倉恵子。恵子は19年間、コンビニでアルバイトとして働き続けているものの、年齢や社会的立場を理由に友人たちからの詮索はやまない。ある日、恵子はコンビニをクビになった白羽さんとの歪な共同生活を始めることで、「恋愛をしないことへの言い訳」を手に入れるのだった。
田中:話題作ですね。私はこれを今回初めて読んだのですが、とにかく怖かった。主人公の恵子が、まるで血の通っていないアンドロイドのように感じられて。同棲している白羽さんに対して出す食事を「餌」と表現したり、バスタブの中に住まわせたり……。世の中に対してチューニングの合わない恵子が、コンビニで働いているときにだけ人間らしくなるさまにゾッとしました。
渡邉:僕は、恵子が怖いとも異常ともまったく思わなかったです。多少ずれているかもしれないけれど、ごく普通の女性だなと。ただ、現実社会からの要請を過剰に感じていて、「自分は異常である」と思い込んでいるにすぎない。
むしろ恵子の妹をはじめとする、寛容でない周りの人間のほうが異常だなと思いました。実際、マニュアル通りに振る舞うことで人は安心するし、主人公に共感できる部分がある人も少なくないだろうな、と。
田中:たしかに、「その歳で恋人もいないのはおかしい」とか「その歳でアルバイトなんておかしい」と、執拗なまでに恵子に結婚や就職を迫る周りの人間も、異常って言ったら異常ですね。普通って、なんなんだろう……。
豊城:作中に「細胞は2週間で入れ替わる」というエピソードが出てきますが、コンビニも本来は誰かが辞めては新しい人が“補充”されていくはずなのに、恵子だけはその一部となって、同じ場所に停滞し続けていて。
田中:“檻から出る”わけじゃなく、“檻に入る”物語ですね。
豊城:そうですね。すでに編集部内の意見も割れてるけど(笑)、人によってかなり感想の分かれる作品だと思います。私はこの作品、本当に好きですね……。読み進めるうちに、コンビニそのものが意思を持った巨大な生き物のように見えてきて、ゾクゾクしてしまいました。
(合わせて読みたい:芥川賞「コンビニ人間」はここがスゴイ!)
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