【2018年の潮流を予感させる本】ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか?
東大博士として第一線で活躍する研究者であり、注目の若手起業家でもある高橋祥子が語る「生命科学で今何が起きているか」。精神科医の香山リカが解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け! 拡大版Special】
香山リカ【精神科医】
ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか?
高橋祥子
ディスカヴァー・トゥエンティワン
1500円+税
「人間らしさ」があぶない▼▼▼科学の最前線に自分の理解力がついていくか
注目の生命科学者にして起業家の二十代女性が記した本書は、「遺伝子を調べて生かす技術がここまで進歩しているのか」と読む者にショックを与えずにはいられない。著者は冒頭であっさりと「受精卵のゲノムを編集すれば、思いどおりの人間を作ることも可能です」と言う(「ゲノム」とは“細胞や個体の持つ遺伝情報”のこと)。「それはちょっと待って」とためらう人に、著者はこう告げる。「せっかく有用なテクノロジーがあるのに、それを活用できないことは、今の社会、そして未来にとって大きな損失です」
この分野のスピードはすさまじく、間もなく自分の全遺伝情報が簡単にわかる時代がやって来るという。自分のルーツや身体的特徴だけではなく、がんや精神疾患にどの程度なりやすいか、さらにはモテ期や獲得できる収入などもわかってしまうかもしれないのだ。どうだろう。「勘弁してよ」と不安や嫌悪感を抱いた人は、著者によれば「テクノロジーの発展のスピード」と「自分の理解力」との間にギャップがある人。著者は、立ち止まらずに未来を目指して建設的な議論をせよ、と旧世代や今の社会に喝を入れるのである。
これが科学の最前線か。これがいまの若者か。あまりの衝撃を受けた人には、還暦を迎えた医学者・仲野徹氏の『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)をお勧めする。本書も十分、刺激的ないまの医学の本なのだが、「老化と死からは逃げられない」ので「病気の成り立ちをよく知って、病気とぼちぼちつきあって生きるほうがいい」などと言われると、ホッとする読者も多いのではないか。
とはいえ、この社会で生きている以上、私たちはテクノロジーとは無縁ではいられない。そしていま、ついに「人間とは何か」「命とは何か」という問題にメスが入れられようとしている。国家があなたの遺伝情報を管理……などという悪夢を避けるためにも、ここは覚悟を決めて自分で考えたい。
(週刊ポスト2018.1.1/5 年末年始スーパープレミアム合併特大号より)
初出:P+D MAGAZINE(2018/02/19)