【栗本薫】小説『天の陽炎』〈完全版〉原稿を新発見! 消えた6800字とは――!?

栗本薫の大人気シリーズ「大正浪漫伝説」の第3作『天の陽炎』には、なんと、著者自身の手違いで書籍から抜け落ちたと思われる原稿があったことが判明しました。3月8日に配信されるその〈完全版〉の公開に先立ち、その全貌に迫ります!

『天の陽炎』とは……

美貌を見初められ初老の綾瀬子爵と身分違いの結婚をした真珠子。置物の人形のような味気ない生活を過ごす彼女に、無頼の大陸浪人・天童壮介との出会いがもたらす波瀾を描いた『天の陽炎』は、著者自身が「今回はもう『とことんやってやった』感があるので、すごく満足」と語って愛した作品です。
しかし、『栗本薫・中島梓 傑作電子全集』監修者のひとりである八巻大樹氏の調査によって、同書には著者・栗本薫自身も気づいていなかった「原稿用紙20枚程度、約6800字の収録洩れ」があることがわかりました。今回、新たに見つかった原稿も収録した『天の陽炎』〈完全版〉が、著者の没後10年という節目の年に、『栗本薫・中島梓 傑作電子全集第19巻【江戸~大正浪漫】』に収録されることになります。

メモ魔であった著者が残した「創作メモ」が発見のカギに!

発見の経緯について、電子全集の監修者・八巻氏はこう述べています。

『天の陽炎』は、2007年2月に角川文庫から書き下ろしとして刊行された作品である。だが、角川文庫版では第3章、特にその第4節が他の章や節と比較して極端に短かったこと、そして第3章のラストから第4章の冒頭への場面転換が唐突なものであったことから、このあいだに文章の欠落があるのではないか、と筆者は発売当初より疑念を抱いていた。
 その疑念は、栗本薫の没後、今回の電子全集の監修作業中に確信へと変わった。彼女の遺品として公開された創作メモを調べる中で、『天の陽炎』の執筆枚数を記した個所を見つけた。第1章から第3章までが100枚、第4章が90枚と記載されていたからだ。これを踏まえると、やはり角川文庫版の第3章はページ数が明らかに足りないことになる。

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栗本薫の夫・今岡清氏が運営するウェブページ「栗本薫/中島梓記念館」で公開されている創作メモ。2006年8月2日「17、●角川書き下ろし大正浪漫第3話」が『天の陽炎』。その[第3章 驟雨]の部分には確かに100枚とある

そこで今回、本電子全集の編纂にあたり、今岡清氏に遺稿の確認を改めてお願いしたところ、なんとパソコンに残された原稿のファイルの中から、角川文庫版と同じ内容のファイルとは別に、完成版のファイルが発見された。今岡氏の推測によれば、栗本が書きかけのファイルを保存したあとで、完成したファイルを別の場所に保存してしまい、出版社には誤って、未完成のファイルを渡してしまったのではないか、ということであった。

著者も版元も気づかなかった欠落に、出版後に書籍を読んだだけで気づいた八巻氏の慧眼には驚くほかありません。栗本の作風、書き方の癖を知り尽くした八巻氏ならではの発見といえるでしょう。新発見の〈完全版〉は、『栗本薫・中島梓 傑作電子全集第19巻』に収録され、著者が本来意図していた同作の全容が初めて明らかに。「昔『黒船屋の女』であまりうまく決められなかったことを、今度は出来たぞっていう感じでとても満足」と著者自身が語った『天の陽炎』のすべてを、改めて味わうことができます。

柳沢吉保、間部詮房を主人公とした未発表作品も見逃せない

同電子全集第19巻には、さらに栗本の未発表作品4作も収録されます。中学時代に文芸部部誌に寄せた童話「太郎沼の伝説」をはじめ、中大兄皇子(のちの天智天皇)に大きな影響を与えた学問僧・南淵請安の晩年を描いた「南淵先生」、江戸幕府の5代将軍・徳川綱吉の寵臣であった柳沢吉保を主人公とする短編「倦怠」、その柳沢に替わって台頭し権勢をふるった間部詮房を描く「正徳太平記」です。
怜悧な美貌と明晰な頭脳を兼ね備えていたといわれる柳沢吉保と間部詮房、彼らが生きた、絢爛たる元禄期の文化に強い関心を持っていた著者。2部構成となっている「正徳太平記」の第2部では、その柳沢と間部の直接対決も描かれる、ファン垂涎の内容です。
「南淵先生」もたいへん貴重な作品。著者は「飛鳥天平とか、あのへんはまるきり興味もったことがない」と発言したことがあるので、南淵請安を題材に選んだこと自体が異例で、それゆえかえって興味深く読むことができる作品となっています。

たくさんの「新発見」が詰まった、『栗本薫・中島梓 傑作電子全集』第19巻【江戸~大正浪漫】。稀代のストーリーテラーが江戸から大正期を舞台に綴った愛と欲望の物語を、この機会に堪能してはいかがでしょうか。

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