◉話題作、読んで観る?◉ 第60回「ロストケア」
3月24日(金)より全国ロードショー
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日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した葉真中顕の犯罪小説を、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』や『そして、バトンが渡された』が高く評価された前田哲監督が10年がかりで映画化。松山ケンイチと長澤まさみが共演した、スリリングな法廷サスペンスに仕上げている。
検察庁に勤める大友秀美(長澤まさみ)は、老人と介護センターの所長の死体が同時に見つかった事件を担当することになる。大友が調べると、その介護センターでは高齢者の死亡率が異常に高いことが明らかになった。勤勉さから多くの高齢者とその家族に慕われている介護士の斯波宗典(松山ケンイチ)が容疑者として浮かぶ。
大友の取り調べに対し、斯波は42人の高齢者を殺害したことをあっさりと自供。だが、「殺したのではなく、救った」と斯波は主張する。聖書の一節「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしてあげなさい」を実行したのだった。家族の絆を一方的に断ち切ったことを責める大友と、介護現場の実情を語る斯波との息詰まる攻防が繰り広げられる。
原作では検事の大友は男性だったが、長澤まさみを配役するなど、よりエンタメ度の高い法廷サスペンスに脚色している。リハなしで、対決シーンに挑んだ松山と長澤との演技バトルが本作の大きな見どころだ。高齢化社会や介護問題などのシリアスな題材を、実力派俳優たちの熱演で、畳み掛けるように見せていく。
原作が発表されたのは2013年。その3年後に神奈川県の知的障がい者施設で連続死傷事件が起き、映画化が危ぶまれる事態となった。前田監督は斯波をサイコパスなシリアルキラーに受け取られないよう細心の注意を払い、脚本を何度も書き直した上で映画化を実現させた。
劇中に出てくる絵本『ハチドリのひとしずく』も、前田監督のアイデアによるもの。山火事を消そうと、ひとしずくの水を運び続けるハチドリの一途さを描いた南米の民話だ。
「私は、私にできることをしているだけ」
原作とは異なる斯波像は、この一羽のハチドリの言葉に集約されていると言っていいだろう。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2023年4月号掲載〉