【著者インタビュー】島田潤一郎『古くてあたらしい仕事』/ひとりで出版社を立ち上げた著者の生き方に、心が揺さぶられる一冊

33歳のときにひとりで出版社を立ち上げ、驚くことに1日に5時間しか仕事をしないという島田潤一郎氏。これまでの歩みや仕事への思いをつづったエッセイです。

【大切な本に出会う場所 SEVEN’S LIBRARY 話題の著者にインタビュー】

自分は何のために生きて働くのか? 著者の道程と働き方に人生の大切なことを想う心揺さぶるエッセイ集

『古くてあたらしい仕事』

新潮社 1800円

10万人の読者より、具体的な1人に向けて本を作りたいという島田潤一郎さんが、ひとり出版社「夏葉社」を立ち上げるまでのこと、丁寧な本作り、敬愛するイラストレーターの和田誠さんとの仕事、本の未来などについて書き下ろした。「この本にすべて書いたので、書き足りないことは何一つないです」。装丁は和田誠さんと生前親交の深かった南伸坊さん。

島田潤一郎

●SHIMADA JUNICHIRO 1976年高知県生まれ。夏葉社代表取締役。アルバイトや派遣社員をしながら海外を放浪し、2009年に1人だけの出版社、夏葉社を創業する。編集経験ゼロから始めて、アメリカの作家、バーナード・マラマッド『レンブラントの帽子』を和田誠さんの装丁で復刊。続いて関口良雄『昔日の客』、上林暁『星を撒いた街』を復刊し、オリジナル作品なども手がける。著書に『あしたから出版社』『90年代の若者たち』。

ぼくは、強い者よりも弱い人のために、本を書こうと思う

 吉祥寺(東京)にある「夏葉なつは社」の扉をあけると、目の前に発送を待つ本の山が現れた。芳ばしい紙の香り。その山の向こうで島田潤一郎さんが控えめな笑顔を浮かべていた。
 本が大好きだった島田さんは、33歳の時に一人でこの出版社を立ち上げた。年間3冊の文芸書を作って10年。今までの歩みや仕事への思いをつづったのが『古くてあたらしい仕事』だ。
「ぼくは自分の仕事を見つけるまでに苦労したんです。それまではずっと生きづらいな、世の中どうなってるんだ、と思っていました」
 27歳まではアルバイトをしながら小説家を目指していた。会社員も経験したが長く続かず、転職活動では50社連続で不採用に。そんな時に従兄が亡くなり、そこから本を作る仕事に導かれていく。自身の物語がまるで小説のようだ。
「僕の5歳の息子はあまり器用ではないので、子育てをしていると挫折みたいなものを味わうんです。でも、社会には彼が必要とされる場所が必ずある。そう思って息子のために、強い者より弱い人に、生きにくさを感じている人たちのために書こうと思いました」
 夏葉社は売れそうだからと本を出すことはなく、何度も読み返される本を目指す。だから島田さんが本当に面白いと思う本しか作らない。装丁にも心を砕く。今はやりのデザインより5年後も生き生きと見えるもの。長年使われるカバンや食器のモノ作りに近い。
 ネット時代の今、出版界は苦戦中だ。スピードではかなわない。島田さんは、本はゆっくり物事を考えるためのツールだと言う。カフェに入ってケータイの電源を落とし、30分本を読む。
「文字を追いながらも頭のどこかで子供のこと、自分の将来のこと、今朝、幼稚園で会ったお母さんとうまくしゃべれなかったことなどを考えている。そういう静かな時間を持つと、何かが回復して、少し生きやすくなる気がするんです」
 驚くことに島田さんは1日5時間しか仕事をしない。午前中に原稿チェックなどをして午後は発送と事務作業。帰宅して夕方5時から10時は子供との時間。ついスマホを見てしまうのでガラケーに戻した。
「もうちょっと仕事したいな、というぐらいで帰ると、翌日も楽しく仕事できるんですよ」
 自分の働き方、生き方を深いところから揺さぶられる一冊だ。

素顔を知りたくて SEVEN’S Question

Q1 最近読んで面白かった本は?
昨日読んだ室木おすし『君たちが子供であるのと同じく』。ほぼ同世代の著者が小学生時代を回想する漫画。パーカーの前を開けるカッコよさなど、リアリティーがすばらしい!

Q2 新刊が出ると必ず買う作家は?
若い頃に教わった荒川洋治先生、学生時代に好きだった村上春樹。

Q3 好きなテレビ番組は?
『水曜日のダウンタウン』は毎週見ています。

Q4 面白かった映画は?
ケン・ローチ監督が好き。今は友達に勧められた『アベンジャーズ』シリーズをコツコツ見ています。

Q5 最近気になるニュースは?
近所のユニクロがセルフレジになったこと。コスト削減はわかるんですけど、貧乏人は自分でたためと言われてるようでつらいんですよ。生き生きとバイトしてる学生を見るのが好きだった。

Q6 最近ハマっていることは?
子供とレゴで遊ぶこと。カルピスを飲むこと(笑い)。

Q7 リラックスする時間は?
幸いなことに仕事をしてる時間。家に帰る夕方5時からが本番という感じがありますね。

●取材・構成/仲宇佐ゆり
●撮影/浅野剛

(女性セブン 2020年2.13号より)

初出:P+D MAGAZINE(2020/07/01)

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