吉田修一『パーク・ライフ』/芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第97回】公園に流れる空虚な時間
芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義! 連載第97回目は、吉田修一『パーク・ライフ』について。公園を舞台に都会の人間関係を描いた作品を解説します。
【今回の作品】
吉田修一『パーク・ライフ』 公園を舞台に都会の人間関係を描く
公園を舞台に都会の人間関係を描いた、吉田修一『パーク・ライフ』について
吉田修一さんというと、『悪人』という映画が思い浮かびます。殺人事件に巻き込まれた善良な人物が、逃亡先で善良な女性と出会い、過去を隠してつきあっていくうちに、ストーリーがどこまでもねじれていくといった内容です。原作を読んでいないのですが、とにかく設定があり、ストーリーがあり、善人と悪人はかならずしも明確に区分けできるものではないといった、わかりやすい意図も感じられます。たぶん原作にも同じような設定があるのでしょう。
吉田さんは、直木賞の一歩手前の賞といわれている山本周五郎賞も受賞しています。だからエンターテインメントの作家だと思っている人もいるかもしれません。でもふつうのエンターテインメントではないのですね。善人と悪人の区別がつかない。何かが何かであると決めつけることはできない。そういう世界観を一貫して大事にしている作家だと思われます。
エンターテインメントの読者は、わかりやすい話を求めます。ですから、いきなり吉田さんの作品を読むと、途惑うことがあるかもしれません。おそらく、それが吉田さんの狙いだと思います。作家としての戦略といってもいいし、個性といってもいいでしょう。そこが吉田さんのすごいところでしょう。吉田修一は、吉田修一としかいいようがないのです。
ストーリーもなく人物のキャラクターも不明だが
さて、吉田さんの芥川賞受賞作は、『パーク・ライフ』です。これは日比谷公園でしょうか。ぼくは文藝家協会で著作権の責任者をしていますので、役所の会議に出向くことがあります。午前と午後に別の役所で会議があるような時、霞ヶ関のあたりで時間をもてあまして、ぶらりと日比谷公園の方に歩いていくことがあります。
都会の中にある公園というのは、何だか奇妙です。どこかのオフィスで忙しく働いているはずの人間たちが、疲労を隠せない足どりで、それでもつかのまの休息を楽しむような表情をして、ベンチにだらっと座っていたりする……、まるで時間が止まったような空間。それが公園です。
ここではオフィスで流れる時間とは違って、あらゆる意味や機能が失われた、空虚な時間が静かに流れていきます。その空虚な時間をまるごと包み込んで、小説に仕立て上げる。これが小説といえるのかと思われるほどの、奇妙な試みです。ストーリーもなく、登場人物のキャラクターも不明です。読み終えても、感動はありません。でも、こんなものを読んで損をした、という気分にならないのは、文章がしっかりとしていて、書かれている内容に手応えがあるからでしょう。
主人公がいます。地下鉄の中で、臓器移植のポスターを見かけ、そばに知人がいると思って感想を述べるのですが、その知人は少し前の駅で降りていて、そこにいたのは見知らぬ女でした。そこからその女との会話が始まります。別の日に、その女を公園で見かけて、また会話が始まります。でも、その女が何ものなのかは、最後までわかりません。名前も、職業も、なぜ公園にいるのかも。
そして、小説は突然、終わってしまいます。まるでぼくたちの人生みたいに。そんな印象をぼくはもちました。たとえば、結婚して何十年もいっしょに暮らした女性でも、その人のことを、どれだけ知っているかは、何ともいえないのではないでしょうか。
ぼくたちは子どもころは学校に行き、学校を出たら仕事をして、人間関係の中に身を置きます。少しは互いのことを知り、友人とか知人といったものになるのかもしれません。それも長い目で見れば、公園で見かける、名前も知らない人と、大きな違いはないのではないか。もちろん作者が作品の中で、そういうことを言っているわけではないのですが、ぼくはそんなメッセージを感じました。
安定した文章と深読みを誘う仕掛け
この作品には、ストーリーがありません。要するに、何も起こらないのです。地下鉄の中での会話という発端はあるのですが、結末はありません。何を言いたいんだ、と作者に問いかけてもしようがありません。これが文学だ、と言われたら、それで終わってしまいます。確かに、これが文学なのです。そして、過半数の選考委員が、この作品を文学と認めたので、芥川賞を受賞したのでしょう。
文章が安定しています。これは大事なことです。文章が不安定だと、ヘタクソだという感じがします。ストーリーがないのも、作者の意図が明瞭でないのも、ヘタクソだからだということで、切り捨てられてしまいます。しかしこの作品は、文章が安定しているので、ストーリーがないことにも、意図が明瞭に見えてこないのも、その背後に、作者の深い戦略が隠されているのではないかという気がします。そして多くの読者は、深読みをしたくなります。
この作品にはストーリーはないのですが、読者を深読みに誘うような、意味ありげなプロットや会話が、随所に仕掛けられています。最初に臓器移植の話が出てきます。人間は孤独です。自分の心臓や肝臓も、友だちではありません。だって、時としては意のままにならない暴走を始めるのですから。
公園の中にいる人たちは、たぶん、友だちがいないのでしょう。そう考えると、公園の全体が、誰かの体内の臓器みたいなものではないかという気がしてきます。これはぼくの深読みでしょうか。何度も読み返したくなる作品です。そして結局のところ、ああ、これが文学なんだな、という感慨をもってしまうような、なかなかいい作品だと思いました。
初出:P+D MAGAZINE(2020/09/10)