【「2020年」が明らかにしたものとは何か】松田青子『持続可能な魂の利用』/わたしたちのリアルな「実体」は透明になっていく

誰もが変化と向き合った激動の1年を振り返るスペシャル書評。第13作目は「おじさん」たちの形成する社会から「女の子」たちが消えて透明になり、魂だけの存在として生き延びるという強烈な風刺力をもつ物語。翻訳家・鴻巣友季子が解説します。

【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け! 拡大版スペシャル】
鴻巣友季子【翻訳家】

持続可能な魂の利用

松田青子 著
中央公論新社
1500円+税
装丁/田中久子

個体としての存在はますます多義的に

「2020年があきらかにしたもの」、それは文字文化の本来の意味でのユビキタス性と、つきつめれば、人間のリアルさの曖昧性ではないか。
 コロナ禍において、芸術文化は大きなダメージを被った。そのなかで、文字媒体は比較的“強い”面があり、その遍在性をむしろ強調することになった。それは文字がそもそも保存文化でもあり、コピー文化でもあるからだ。人びとはこの疫禍でも、相変わらず、あるいは一層スマホやパソコンの画面を覗きこみ、ニュースやSNSを熱心に読んだし、オンライン書店でより多くの本を買いこんだ。目を疲れさせる人も多く、眼鏡業界は好調らしい。
 一方、音楽演奏や演劇といった舞台(瞬間)芸術は、ヴァーチャル技術を使った「発信」を余儀なくされた。多くのオンラインシアターが現れ、演奏者や俳優たちはリモート形式のオーディションなども経験しているだろう。
 オンラインを活動の場とするのは、世界中を飛び回る国際作家や詩人たちも同様で、あらゆる講演、対談、文学賞の授賞式などがリモート媒体に移行した。このおかげで、朝、アメリカの「全米図書賞授賞式」で受賞スピーチをしていた柳美里さんが、夕方には南相馬からラジオに生出演する声を聴くことにもなった。
 人びとの存在が電子空間に溶けこむなか、人工知能や人体改造といった「トランスヒューマニズム」が進歩を続けている。今年話題の松田青子『持続可能な魂の利用』は、「おじさん」たちの形成する社会から「女の子」たちが消えて透明になり、魂だけの存在として生き延びるという強烈な風刺力をもつ物語だ。「魂」とは人間の意識、脳に記録されたデータであり、それを「保存」することで不死が得られるという考えは、フランス発のディストピア小説『透明性』(マルク・デュガン/中島さおり訳)にも表れている。
 わたしたちのリアルな個体としての存在はますます多義的になり、その「実体」は透明になっていくだろう。Invisible(見えない)が来年のキーワードになると思う。

(週刊ポスト 2021年1.1/8号より)

初出:P+D MAGAZINE(2021/01/26)

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