【がまくんとかえるくん】稀代の絵本作家、アーノルド・ローベルの魅力
蛙のがまくんとかえるくんの日々を描いた『ふたりはともだち』などの代表作を持つ絵本作家、アーノルド・ローベル。時代を越えて読み継がれるその作品の魅力を、おすすめの絵本とともにご紹介します。
1960年代から80年代にかけて活躍したアメリカの絵本作家、アーノルド・ローベル。その名前に聞き覚えがなくても、仲良しの蛙の2人組、がまくんとかえるくんの日々を描いた『ふたりはともだち』シリーズの生みの親と聞けば、かつて読んだ絵本を思い出す方も多いのではないでしょうか。
1970年に「がまくんとかえるくん」が誕生してから、半世紀が経ちました。現在、東京・立川のPLAY! MUSEUMでは、国内初の展示となるアーノルド・ローベル展も開催されています(展示は3月28日まで)。
時代を越えて愛され続けるローベルの絵本のキャラクターたちとストーリーの秘密は、いったいどこにあるのでしょうか? ローベルの手がけた絵本や寓話集をご紹介しつつ、その魅力について解説します。
永遠の名作、『ふたりはともだち』シリーズ
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4579402472/
ローベルといえば、真っ先にこの絵本を思い出す方も多いでしょう。蛙のがまくんとかえるくんを主人公にした本シリーズは、1970年に発表された『ふたりはともだち』(日本語版は1972年刊行)のほか、『ふたりはいっしょ』、『ふたりはいつも』、そして、1979年に発表された最終巻『ふたりはきょうも』(日本語版は1980年刊行)の4冊から成ります。
シリーズ1作目である『ふたりはともだち』の第1話、「はるが きた」は、こんなふうに始まります。
かえるくんは、おおいそぎで はしって、
がまがえるくんの いえを たずねました。
げんかんの ドアを コツコツ。
でも、 へんじが ありません。
「がまくん、がまくん」かえるくんが 大きな
こえで よびました。
「おきなよ、はるが きたんだよ!」
「でたらめ いってらあ。」
いえの 中から こえが しました。
(──「はるが きた」より)
冒頭のこの数行で、すこしせっかちだけれど面倒見のよいかえるくんと、のんびり屋で引きこもりがちながまくんの性格がありありと伝わってきます。
かえるくんは家の外から「ゆきなんか とけちゃって いるよ」と何度もがまくんを呼びますが、いっこうにがまくんは出てきません。見かねたかえるくんが家のなかに入ると、がまくんは頭から布団をかぶって寝ています。かえるくんが玄関までがまくんを押し出し日の光に当てると、がまくんは「たすけて くれよ!」と叫ぶのです。
思わず笑ってしまうような、対照的なふたりのやりとり。『ふたりはともだち』シリーズの最大の魅力はなんと言っても、かえるくんとがまくんの、正反対だけれど個性的な、愛すべきキャラクター像です。
シリーズ2作目の『ふたりはいっしょ』では、おいしいクッキーに思わず手を伸ばし続けてしまうふたりが「いしりょく(意志力)」を身に着けようとするなど、哲学的なストーリーが目立ちます。また、3作目の『ふたりはいつも』では春夏秋冬を通じてのふたりの日々が描かれ、季節を通したふたりの成長が見られる、より絵本らしい世界観 になっていきます。
怠け者でマイペース、ときに暴走しがちながまくんと、そんながまくんを常に支え、引っ張る役割のかえるくん。そんなふたりの友情も相まって一躍人気シリーズとなった本作ですが、ローベルはシリーズが進むにつれ、ふたりの関係性が“かえるくんが支配し、がまくんが支配される”ようなものに変貌しつつある、という危機感を抱くようになりました。そこで、ふたりの関係が“支配”と“被支配”ではなく、あくまで対等なものであることを印象づけるような「ひとりきり」(『ふたりはきょうも』収録)というお話で、本シリーズは幕を下ろすこととなります。
『ふたりはともだち』シリーズのなかには、ローベルが危惧したように、がまくんの自立をかえるくんが妨げているかのようにも見える、やや危ういバランスの友情を描いたお話も垣間見られます。しかしがまくんとかえるくんは、完璧な人間など本来ひとりもいないこと、そして、お互いの欠点や個性をお互いがごく自然に愛し、補い合うことのできる関係の美しさやおもしろさを、私たち読者に教えてくれます。時代を越えて読み継がれる にふさわしい、不朽の名作です。
“ひとり”を楽しむ名人による哲学的なお話、『ふくろうくん』
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4579402553/
『ふくろうくん』は、ローベルが1975年に発表した、ひとり暮らしの“ふくろうくん”を主人公にした絵本です。ローベル自身が“もっとも個人的な作品”と語っているとおり、本作は子ども向けの絵本と捉えてよいのか迷うほど思索的で、一筋縄ではいかないような作品です。
本作には、5つの短いお話が収録されています。1話目の「おきゃくさま」では、ある寒い日の夜、暖炉の前に座ってくつろいでいるふくろうくんが、“ふゆ(冬)”を客として家のなかに招き入れようとする様子が描かれます。
ふくろうは ドアを
おおきく あけて
いいました。
「さあ ふゆくん おはいりよ。
はいって ちょっと
あったまったら どう。」
外では、雪と暴風が吹き荒れています。ふくろうくんが玄関のドアを開けた途端、“ふゆ”は部屋に飛び込んできて、暖炉の火を吹き消し、ふくろうくんが飲んでいたスープを凍らせ、家中をめちゃくちゃにしてしまいます。ふくろうくんは慌てて「いますぐ でていって おくれ!」と叫び、“ふゆ”を追い出すためにドアを閉め、平穏が戻った部屋のなかで、落ち着いて夕食を終えるのです。
2話目の「こんもり おやま」では、ベッドに入ったふくろうくんが、毛布の下にふたつの“こんもりとしたおやま”を見つけ、その正体を探ろうと奮闘する様子が描かれます。“こんもり おやま”の正体はふくろうくん自身の足なのですが、毛布を剥がすたびに消え、毛布をかけるたびに現れる“こんもり おやま”にふくろうくんは混乱し、「なんなの きみたち!」と暴れまわります。
このふたつのお話からもわかるように、『ふくろうくん』にはふくろうくん以外の人物が一切登場せず、ストーリーのほとんどが家のなかだけで完結するのが大きな特徴です。“ふゆ”を客に見立てて招き入れようとしたり、自分自身の足を“おやま”と勘違いし大騒ぎしたりとふくろうくんの挙動はどれも奇妙で人騒がせに思えますが、反面、ふくろうくんはこのひとり暮らしを存分に楽しんでいるかのようにも見えるのです。
『きんぎょがにげた』などの代表作がある絵本作家の五味太郎は、『ふくろうくん』を、“孤独ごっこ”を楽しむ物語だ──と評しています。
『ふたりは ともだち』のほうは、がまくんとかえるくんという二人の孤独だ。ほんとはこれのほうが、相当迫力のある耐えがたい孤独かもしれないけど。それでも、まだ両者が互いに相手の存在を意識している。彼らのふるまいは互いに相手の眼の支配下にある、と言ってもいい。ところが『ふくろうくん』のほうは、ほんとに一人なわけ。まさに「孤」の「独」なわけだ。そういう主人公が一軒家に住んでいる。家のインテリアなんかを見ると、けっこう長いことここに住んでいる感じもする。このお話はこういう状況を前提としないかぎり、ふくろうくんのあの内なるドラマはぜったいに起こりえないと思う。そのうえで、ああいう「孤独ごっこ」を楽しんじゃう豊かさのようなものが習慣になってしまったという気がする。
(──五味太郎『絵本を読んでみる』より)
五味は、ふくろうくん自身がおそらくは読者の目を強烈に意識しつつ、このひとり暮らしを楽しんでしまっているところに『ふくろうくん』のおもしろさがあると言います。ずっとひとりきりでいるはずのふくろうくんの姿に寂しさが感じられず、むしろ達観した落ち着きのようなものが伝わってくるのが本作の不思議な魅力。何度も読み返したくなるような、類を見ない作品です。
ローベル版“イソップ童話”、『ローベルおじさんのどうぶつものがたり』
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『ローベルおじさんのどうぶつものがたり』は、ローベルが1980年に発表した作品です。本作はローベル自身が好きだった動物たちを主人公にした20の短い話からなる寓話集で、アメリカでもっとも優れた絵本に年に一度贈られるコールデコット賞 も受賞した、ローベルの代表作のひとつです。
『ふたりはともだち』シリーズが人気を博し、絵本作家としての地位を確固たるものにしたローベル。じつは本作の執筆前、ローベルは出版社に依頼され、イソップ童話に挿絵をつける仕事にとりかかろうとしていました。しかし、あらためてイソップ童話のストーリーに目を通した彼は、その残虐性や警告的な道徳主義が、自分とは相容れないものであることに気づいてしまいます。
イソップ寓話には擬人化された動物が登場するため、子どもが受け継ぐものとされています。しかし私がまもなく気づいたのは、これらの寓話は、そもそも子どもたちのためにつくられたものではないということでした。(中略)私が見つけたのは、ひつじを八つ裂きにする犬や、ワタリガラスを絞め殺すへびでした。獅子に噛みくだかれる鹿も見つけました。ありとあらゆる強烈な残虐性と冷徹な皮肉を目撃しました。私が読んだ翻案は、19世紀の警告的な道徳主義の色合いを強く帯びていました。それらは興味深いものには違いありませんが、「がまくんとかえるくん」とは似ても似つかぬものでした。もしかしたら、この仕事は結局、私には向かないのかもしれない。
(──『がまくんとかえるくんができるまで アーノルド・ローベルの全仕事』収録、コールデコット賞受賞の際のローベルのスピーチより)
悩みに悩んだ末、ローベルはこの仕事を断り、代わりに「イソップ寓話ではなく、オリジナルの寓話集ならつくれるかもしれない」と出版社に提案します。そこで生まれたのがこの『ローベルおじさんのどうぶつものがたり』だったのです。
本作には、部屋の規則的な壁紙の柄を見ることに夢中になり「ベッドをはなれられなくなったワニ」や、レストランでお腹いっぱいになるまで料理を食べすぎ、テーブルから動けなくなってしまった「くいしんぼのカバ」など、ほかの寓話集ではまず出会えないような、ユニークすぎるキャラクターたちが次々と登場します。お話の末尾にはイソップ寓話にならったように、ひと言の“教訓”が添えられているのですが、その言葉も
習慣にしていることをかえてみると、とても体にいいことがあります。
すてきな食事でしめくくれるなら、何があってもすべてよし、です。
といった、およそ教訓らしくないものばかり。そこには、道徳を子どもに押しつけたくない、肩の力を抜いて作品を読んでほしい──という、絵本に対するローベルの美学が表れているかのようです。ダチョウやラクダ、カエル、エビやカニといった、普段あまりスポットを当てられることのない動物たちが愛らしく描かれているのも、非常にローベルらしい1冊です。
おわりに
“お絵描きはデザート、お話づくりはホウレン草”というのが生前の口癖だったというローベルは、ストーリーづくりには頭を悩ませることが多かった反面、絵を描くことそのものは心から楽しんでいたといいます。ローベルは54年の短い生涯のうちに約30冊の絵本を手がけ、挿絵を担当した本は70冊にも上りました。
リアルなのにどこか愛嬌のある動物たちの絵や、がまくんとかえるくんに代表される唯一無二の“相棒”を描いた関係性の美など、ローベルの作品の魅力はさまざまあります。しかしその最大の特長を挙げるなら、教訓性や説教臭さを取り払って、活き活きと人生を描いているという点かもしれません。ローベルの作品のなかでは、マイペースながまくんの性格が矯正されたり、内向的なふくろうくんの暮らしが変化したりすることなく、ただ、ありのままで暮らしている登場人物たちの生活が描かれます。読者はそのことに安心し、昔から知っている友人のような気持ちで、彼らの日常を眺めることができるのです。
『ふたりはともだち』シリーズ以外も、ローベルの作品は個性的な名作揃いです。今回ご紹介した3冊を入り口に、ぜひ、ローベルの作品世界の虜になってください。
初出:P+D MAGAZINE(2021/03/16)