高橋尚子『野生の暗き岸辺』

高橋尚子『野生の暗き岸辺』

暗澹たる野生の楽園が舞台のプレ・アポカリプス小説


 気候変動クライメイトフィクション、近未来小説、サバイバル小説、ミステリ、スリラー、ロマンス……本書『野生の暗き岸辺』を紹介するには、さまざまなジャンルが思いつく。

黙示録アポカリプス〟、〝近未来〟で〝サバイバル〟などと聞くと、殺伐とした風景描写の続く無機質で重たい作品と思われるかもしれない。荒廃した大地、高性能のロボットや未知の疫病、地球防衛軍のような組織、はたまた得体の知れぬ地球外生命体まで想像する人もいるかもしれない。しかし、不穏な雰囲気漂う表紙をめくると、そこには有史以前の雰囲気漂う大自然の孤島、野生生物の楽園が広がっている。しかもテクノロジーの存在はほとんど皆無(なにしろテンペストでほとんどの電力システムがダウンしている)。近未来と聞いて思い浮かぶような緑を失った廃土の描写などは見当たらず、もやまとった緑の山々、切り立つ海食崖、風になびく銀色の草原、電燈のごとき星々、水晶のように澄み切った湖、それにおびただしい数の動物たちの生命力あふれる姿が情趣豊かに描かれている。色やにおい、音、光の明暗、手触り、肌触りまで感じられるような描写が随所にちりばめられている。

 こうした自然描写が本作の魅力のひとつであることはいうまでもない。自然の美しさだけでなく、無慈悲なまでの荒々しさ、人間の理解を超越した不気味さ、禍々しさが表現されている。そうした自然の堂々たる佇まいとの対比で、人間がいかに無力でちっぽけな存在であるかが照らしだされる。その小さき人間が自然を破壊しつづけ、同種異種に対する大量殺戮を繰り返すことの愚かさ、傲慢さも示唆されている。

 では、著者は作品を通して人間を卑下しているのだろうか。そうではない。著者の人間描写からは、人間に対するあたたかな眼差し、愛情が痛いほどに感じられる。登場人物たちはみな喪失を経験し、トラウマを抱えて生きている。そしてそれぞれが違った方法で傷に対処しようともがいている。その健気な姿に心が揺さぶられる。どれほど傷つきながらも、彼らは共感しあい、果てしなく優しい。本作の重要な軸のひとつである主人公ドミニクとローワンの関係にも、著者の人間への愛が感じられる。

 本作については伝えたいことがまだたくさんある。小さな植物博士オーリーの語る自然の神秘、大人になることを強いられた少女フェンとオットセイの絆、青年ラフとクジラの奇跡……。読後、自然に対する畏怖の念、そして人間への愛おしさで胸がいっぱいになるはずだ。ぜひ、ご一読ください!

  


高橋尚子(たかはし・なおこ)
1983年生まれ、北海道出身。早稲田大学第一文学部英文学科卒業。訳書に、C・マッキントッシュ『その手を離すのは、私』『ホステージ 人質』、D・セッターフィールド『テムズ川の娘』(以上、小学館文庫)、B・ラバスキス『葬られた本の守り人』(小学館)などがある。

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野生の暗き岸辺

『野生の暗き岸辺』
著/シャーロット・マコーナギー 訳/高橋尚子

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