【著者インタビュー】小田雅久仁『残月記』/Twitter文学賞国内編第1位に選ばれた『本にだって雄と雌があります』から9年ぶりの新作!
月やその光が宿す妖しさを通して深淵を覗かせ、この世界の裏側には気を付けろと読者に囁くかのような、刺激にみちた連作短編集。執筆の背景を著者に訊きました。
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
五感を震わせる比喩 一分の隙もない濃密な文体 計り知れぬ想像力が構築した比類無きエンターテインメント
残月記
双葉社
1815円
装丁/鈴木成一デザイン室
小田雅久仁
●おだ・まさくに 1974年仙台市生まれ。現在大阪府豊中市在住。関西大学法学部政治学科卒。09年『増大派に告ぐ』で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。「28歳で一度会社を辞めて挑戦したらダメで、また就職して辞めて今度は受賞できたけど、仕事を辞めないと書けなくて(苦笑)」。12年刊の『本にだって雄と雌があります』は第3回Twitter文学賞国内編第1位に選ばれるなど評判を呼び、本作は待望の第3作。166㌢、55㌔、O型。
化石の発掘のように着想自体が自己増殖し長さや展開を書き手に主張してくるんです
Twitter文学賞国内編第1位『本にだって雄と雌があります』から9年。待望の新作を睨み、小田雅久仁氏にもたらされたのは当初、連作短編集に繋がる連載の依頼だった。
「僕は連作短編集って、どうも好きじゃなくて……。
連作だと同じ人がまた次も出てくるんやろうとか、主人公は殺されへんなとか、緊張感がないっていうか(笑)。でもせっかくのお話ですし、曜日にちなんだ話を7つ並べたらどうかと思って、まずは月の話を書いたんです。それが想定より長くなってしまい、7つは諦めて方向転換した結果、この月の本ができました」
題して『残月記』 。第1話「そして月がふりかえる」、第2話「月景石」、表題作の全3話はそれぞれ読み口や世界観こそ異なるものの、月やその光が宿す妖しさを通して深淵を覗かせ、この世界の裏側には気を付けろと読者に囁くかのよう。
「確かに太陽より物語性はありますよね。たまたま月にしてよかったです(笑)」
*
曜日の中でたまたま月を選び、枚数もたまたま80枚の予定が120枚まで超過。表題作にいたっては連載4回分の準長編となるなど、小田作品では長さも「物語が決める」らしい。
「僕自身、よくわからずに書き始めた物語が『今回はこれくらいの長さになりたい』って、勝手に自己増殖していく感じがあるんです。
例えると化石の発掘です。尻尾から少しずつ掘り進むうちに、あ、こういう恐竜やったんやと、着想自体がこうなりたいと長さや展開を書き手に主張してくる。僕は
表題作でいえば、着想は「古代ローマの剣闘士」。
「そこから満月の夜に身体能力が高まる狼男を連想し、しかも感染症か何かでその力を得た人々が国難に乗じて誕生した独裁政権の下で闘わされる話にしようと」
初出は19年4月。つまりコロナとは関係ないが、本作ではそのどこかで見たような病を〈
〈かつて月昂という感染症が日本の、いや、世界の夜を長きにわたっておびやかした〉〈二十二世紀となったいま、月昂は、天然痘や狂犬病などと同様、先進国の端くれたる日本ではすでに撲滅されたに等しい、〝人類がまだ野蛮で憐れだったころ〟の〝ドラマチックな悲劇〟と見なされている〉
物語は主人公〈宇野冬芽〉が病に罹り、剣闘士として活躍した近未来を、さらに未来から振り返る形で進む。
元々は大阪の家具職人で、円空仏に似た木像を数多く残した冬芽は雅号を残月といい、2048年、27歳で、衛生局の施設に収容された。
27年末にタレント出身の政治家〈下條拓〉率いる国家資本主義政党(のちの救国党)が政権を握る。翌年3月にはM9・2の南海トラフ地震、通称〈西日本大震災〉が発生した。その20年後、混乱に乗じて超長期政権を築く下條は〈改正月昂予防法〉の下、月昂者の摘発を強化し、冬芽も当局に通じた風俗店をそうとは知らずに訪れ、逮捕された格好だ。
細部に拘らないと書き進められない
が、彼は剣道3段の腕前と傑出した体格を見こまれ、闘士養成所の一員に。〈生命力が最高潮に達した月昂者に武器を与え、殺しあいを演じさせる〉〈退屈した暴君が思いついたカネのかかるお遊び〉の道具となるが、彼ら闘士にすれば致死率を下げる〈抗昏冥薬〉を支給され、一戦闘えば〈勲婦〉を抱けることが全てだ。そして既定の30戦を越えて生き延び、馴染みの勲婦〈ルカ〉と共に条件のいい月昂療養所に移り住むことが彼のささやかな夢となっていく。
近所のファミレスでふとトイレの窓を眺めた瞬間、兎のいない月の裏面がこちらを向き、席に戻った主人公を、妻や子供たちが見知らぬ他人扱いする、卑近な設定だけにそのパラレルぶりが怖い第1話。
そして月面上の風景のような模様の石にまつわる、主人公と隣室に住む孤独な少女との運命が切ない第2話。3編いずれも一見突拍子もない物語世界だが、細部の描写を1つ1つ読み重ねるうちに違和感なく入りこんでいける、現実との地続き感が秀逸だ。
「いくらファンタジーでも日本人の僕が日本語で書く以上、目の前の現実と無縁ではいられない。特に日本の場合はこのまま衰退しそうな気配が濃厚ですし、下條みたいに論点をぼかし、声だけはよく通るカリスマを待望し、全体主義にひた走るもう1つの日本社会を作り込む際にも、そこまで無理は感じませんでした」
その、
「細部がリアルじゃないと、自分がのめり込めないんですね。途中で筆が止まって、どうにも書けない時は大抵、展開ではなく細部が悪い。
もちろん円空やS・キングみたいに滾々と湧く創作意欲に任せて彫りまくり、書きまくるクリエーターには憧れるけれど、そうはできなくて。なんでこんなところに拘るかなと思いつつ、自分にはそれしか最後まで書き進める方法がないから、拘ってしまうんです」
その充実の物語は帯にもあるように多くの同業者を唸らせ、虚構に遊ぶ贅沢を改めて思い出させてくれる。刺激にみちた全3篇である。
●構成/橋本紀子
●撮影/朝岡吾郎
(週刊ポスト 2021年12.10号より)
初出:P+D MAGAZINE(2021/12/09)