【著者インタビュー】横尾忠則『原郷の森』/200人を超す芸術家や宗教家たちが時空を超えて論じ合う! 異色の長編小説

ダ・ビンチ、ピカソから三島由紀夫、若冲、織田信長まで古今東西の死者たちと「Y君」が語らう芸術小説『原郷の森』についてインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「獲得した地位を全部捨てて、階段の一番下からまた上り始める。三島さんのように自分もできれば」

『原郷の森』

文藝春秋 4180円

≪頭髪を刈り上げた黒いポロシャツにベージュ色のスリムなスラックス姿≫でY君に近づいてきた三島由紀夫は言う。≪これからは、君のために、君のお好みの芸術家達や歴史上の人物をこの森の中で出会わせる。(中略)この森は君のために作った森だということをよく覚えておくといいよ≫。原郷の森では、運慶、北斎や若冲、コクトーやロダン、織田信長、ヒトラー、猫のタマまで、時空を超えて饒舌に語り出す。芸術論や映画論、死生観、文学論を縦横に、時に脱線もしながら戦わせる「芸術小説」。

横尾忠則

(よこお・ただのり)1936年兵庫県生まれ。’72年にニューヨーク近代美術館で個展。その後もパリ、ヴェネツィア、サンパウロなど各国のビエンナーレに出展し、国内外の美術館で個展を開催。2012年、神戸に横尾忠則現代美術館、’13年に香川県に豊島横尾館を開館。受賞・受章多数。泉鏡花文学賞を受賞した『ぶるうらんど』、講談社エッセイ賞を受賞した『言葉を離れる』ほか著書も多数。

着想は、「子どものひとりごと」から

 眠りから醒めた「俺」は、見慣れたアトリエではなく、深い森の中にいた―。森で出逢うのは作家の三島由紀夫、谷崎潤一郎、美術家のデュシャンといった死者たち。『原郷の森』は、200人を超す芸術家や宗教家、思想家が、Y(横尾忠則)論や芸術論を戦わせる文化サロンを現出させる、異色の長編小説だ。
「原郷」とは、言葉が始まる場所のこと。昨年開催された横尾さんの大規模な個展も「GENKYO 横尾忠則」で、副題が「原郷から幻境へ、そして現況は?」だった。
 小説は、「子どものひとりごと」から着想を得たという。
「ちっちゃい子どもって、よくひとりでしゃべってるじゃないですか。ぼく自身、ひとりで物語をしゃべる子どもでした。ひとりごとなんだけど、いろんな人が出てきてざわざわ話す、そんなふうな小説を書きたいなと思いました」
 亡くなる3日前にも電話で話したという三島のように親しかった人もいれば、ダ・ビンチやシェイクスピアといった歴史上の人物も、横尾さんが話したいと思うと、タイミングよく姿を現す。
「これはぼくが絵を描くときのやり方そのままですね。計画性が全然ない。最初は、なんでもいいから描いてみるんです。落書きから始めて、描いているあいだにインスピレーションが浮かぶので、そのインスピレーションに従って少しずつ絵が具体性をもってきます。
 ぼくはアカデミックな美術教育を受けていないので、思いつきの連続なんです。描いている途中でドラクロアの絵がぱっと浮かぶと、ドラクロア風に描いてみる。ここはまた別の誰かがいいと思うと、すぐ鞍替えしちゃう。なんていったかな。歌を次から次へと続ける‥‥、そう、連歌れんが。連歌の感じで、絵も小説も書いていますね。なるべく頭を空っぽにして、頭に浮かんだものをどんどん書いていきました」
 絵はともかく、言葉を書くときに無意識でいるのは難しそうだが、50年近く夢日記を書き続けてきたことが役立ったそう。
「夢って無意識の顕在化ですからね。夜中に目覚めて書くことも、朝起きて書くこともありますが、書かないと消えてしまうので、その日見た夢を書き残してきました。その影響はあるかなと思います」
 直接、会ったことがない人も、なるほどこの人なら言いそうだ、という言葉を口にする。書くときには一切、資料を調べたりせず、自分の中にあるイメージをもとに、会話を書いていったそうだ。
 死者たちの話はポリフォニック(多声的)で、てんでに話したいことだけを話す。本質的な芸術論を戦わせる一方で、言葉遊びのように音の響きで会話をつなげたり、ダジャレで話の腰を折ったりもする。
「一対一じゃなく多人数で雑談しているときって、人の話に無理やり割り込んだりしますよね。この小説の書き方だとそういうこともできますから。まじめな話が続くと自分で恥ずかしくなってしまうので、澁澤(龍彦)さんにダジャレで茶化す役をしてもらっています」
 スタイリッシュな作家という印象がある澁澤龍彦だが、横尾さんの前では、たびたびダジャレを口にしたらしい。

日野原重明先生が登場した理由とは

 全体の水先案内人の役割を果たすのが、亡くなって52年になる三島由紀夫だ。三島には、「ポップコーンの心霊術」という、短いがすぐれた横尾忠則論がある。
「初めのうちは何が書いてあるかわからなかったけど、50回も60回も読みましたね。ぼくは三島さんの小説には影響を受けなかったけど、行動を通していろんなことを学んでいく、三島さんの生き方は面白いんです。獲得した地位を全部捨てて、階段の一番下に戻ってまたそこから上り始める。自分もあんな風にできればいいなと思いました」
 小説は横尾さんの絵のイメージに重なり、横尾さんの中に取り込まれ、融通無碍むげに再構成された美術史を見るようでもある。深い森に迷い込む導入はダンテの『神曲』を思わせ、『原郷の森』は、横尾版『神曲』とも読める。
「ぼくは『神曲』が大好きで、何度読んだかわからないぐらい。『神曲』は文学作品として評価されていますが、ぼくはドキュメンタリーだと思っています。つまり想像で書いたものではなく、ダンテが何らかのかたちで遭遇した霊的な経験をドキュメントとして書いたんですよ」
 名だたる美術家、作家、宗教家、映画監督、俳優たちにまじって、小説の中で次第に存在感を増していくのが2017年に105歳で亡くなった医師の日野原重明・聖路加国際病院名誉院長だ。
「死者たちは、霊的な非肉体の話ばかりしていますが、日野原先生だけは肉体の話をします。実際に主治医になってもらったわけではないですけど、日野原先生の書いたものをほとんど読んでいて、勝手に主治医と決めていたので、当然のごとく日野原先生はこの小説に出てきますね」
 コロナ禍の前から外出の機会は減っていたので、生活への影響はそれほどないという。ただ、コロナとは関係なく耳が聞こえづらくなって、ものの感じ方やとらえ方がずいぶん変わったという。
「耳が悪くなると、言葉自体があいまいになるんです。人の話をだいたいのアウトラインで理解しているから、言葉ももうろうとしてくる。同じように、手も腱鞘けんしよう炎で、筆がきちんと持てないから細密描写ができません。年齢による肉体のハンディキャップを、無理に元の状態に戻そうとせず、体がそういう状態ならそれに従えばいいんじゃないかと思うんですね。
 最近はよく、『絵を描くのがめんどくさい』って言うんですけど、いやいや描いた自分の絵を見てみたい、という第三者的な好奇心も働くんです。だからどんどん描いていて、これまでの人生で一番たくさん絵を描いている気がしますね」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
『ロビンソン・クルーソー』で、絵にも描きました。ジュール・ヴェルヌもよく読んでいます。昔読んだ江戸川乱歩や南洋一郎を引っ張り出して、また読んだりもしてますね。子どものころ読んだ本に一番影響を受けています。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 ゼロ。日野原先生はほとんど読んでいました。その前は中野孝次さん。

Q3 座右の一冊は?
 貝原益軒さんの『養生訓』。現代語訳する人が変わると買うから何冊も本棚に並んでいます。あとは『老子』と『荘子』、『菜根譚』、中国の古典ですね。

Q4 最近見て面白かった映画やドラマは?
 映画館に行かなくなって、テレビでやる映画を見ています。最近見たのは『007』と『インディ・ジョーンズ』。「魔宮の伝説」は3回ぐらい見てるけど、どうなるかわかっていて見るのも面白いですね。

Q5 最近気になるニュースは?
 コロナのあとはウクライナですね。大谷翔平が何本ホームランを量産できるか。佐々木朗希がどんなピッチングをするのか。このへんは、1週間もたつとまた違うことになってるでしょうけど。

Q6 最近ハマっていることは?
 何もないですね。夢中になるということでは夢中の反対かもしれませんが、絵しかないんじゃないかな。
 外にも行かない、人にも会わないで、孤独を楽しんでいます。自転車は乗っていますよ。コロナ以後、あまり運動しなかったために歩くと息切れがひどくて、しんどいからつい自転車に乗っちゃうんです。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/横浪修

(女性セブン 2022年5.26号より)

初出:P+D MAGAZINE(2022/05/21)

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