【著者インタビュー】町田そのこ『宙ごはん』/食べることは前に進むこと――母娘が食を通じて成長する家族小説

本屋大賞受賞作家が「食」をテーマに一見歪な家族を描いた、とても優しい、救いと再生の物語。作品に込めた想いを著者に訊きました。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

思いがこもった料理は人を生かしてくれる――本屋大賞受賞作家が描く救いと再生の物語

そらごはん

小学館 
1760円
装丁/大久保伸子 装画/水谷有里

町田そのこ

●まちだ・そのこ 1980年福岡県生まれ。現在も同県在住。「福岡を出たことがなくて、今も京都郡に家族と住んでいます」。理容師、専業主婦等を経て、16年「カメルーンの青い魚」で第15回女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞し、翌年『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。21年『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞。また『星を掬う』も22年度の同賞にノミネート。著書は他に『ぎょらん』『うつくしが丘の不幸の家』「コンビニ兄弟」シリーズ等。154㌢、B型。

過酷な泥沼から立ち上がる瞬間や気づきを明日に繋がる物語に書いて伝えていきたい

 昨年の本屋大賞受賞作『52ヘルツのクジラたち』のモチーフとなった、仲間にも届かない周波数で鳴く鯨のように、弱くとも誇り高き者達の声なき声に耳を傾け、小説の形で問うてきた、町田そのこ氏(42)。
 その町田氏が、「当社比で一番優しい物語!」と笑う新作『そらごはん』は、第1話「ふわふわパンケーキのイチゴジャム添え」や第2話「かつおとこんぶが香るほこほこにゅうめん」等、優しげな料理名が並ぶ目次に不意を突かれること必至。
 しかし、〈『お母さん』と『ママ』はまったく別のものだと、宙は思っていた〉と始まる母と娘の物語が、そう甘いはずはないのである。
 物語は冒頭では保育園児だった〈川瀬宙〉と母親でイラストレーターの〈川瀬花野かの〉、さらに宙を6歳まで育てた叔母〈日坂風海ふみ〉を軸に展開し、花野をお母さん、風海をママと呼ぶ宙の5~17歳までの成長を追う。
 いや宙に限らない。花野や風海や、近所で洋食店を営む花野の後輩〈佐伯恭弘〉まで、本作では大人も子供もなく成長し、そんな一見歪な家族を繋ぎ、命を繋ぐのも、日々のごはんだった。

「これは食の小説をという、初めてお題ありきで書いた作品で、料理もあまり得意じゃない私に、なぜ? と、正直、意外ではありました。
 むろん食べるのは大好きで、お酒も大好きなんですけど、食べると作るが違うように、食べると書けるも全然違う。でも依頼が来た以上、そこは素直に喜んで、食とは何かを一から考えてみたんですね。
 すると食べることは前に進むこと、、、、、、で、人は何があっても命を明日に繋ぐために食べなきゃいけない。その食事を最も一緒に摂るだろう母娘が食を通じて成長する、家族小説を書こうと」
 芸術家肌な姉を見かね、風海夫婦が宙を引き取って早6年。地元有数の旧家・川瀬家を訪れ、宙の卒園を皆で祝った矢先、来月シンガポールに転勤するパパは突然言った。〈あるべき姿に、戻ったほうがいい〉と。
 自分も一緒に行くつもりだった宙は、姉に子育ては無理と反対する風海と、〈あたしは、どっちでもいい〉〈あんたの人生だから、自由に生きていいの〉という花野の間で揺れ、結局は華やかな母と暮らすことを選んだのだ。
 が、いざ仕事に集中すると髪はボサボサ。授業参観の案内すら読まず、毎日の食事も自分を慕う佐伯に作らせる花野を、宙はお母さんではなくカノさんと呼び、ファストフードは時々食べるからよく、〈毎日食べると体によくないのだ〉と道理をまた一つ知ったりした。
「覚悟もなく子供を産んだ、というと言葉は乱暴ですが、母親にこれからなっていく花野と、それを見守る宙が互いに成長する姿を、私も見てみたかったんです。
 私が小説家を志したのは28歳の時なんですが、当初は娘達に我慢を強いることも多くて。『ママ、聞いて』と言われても『ごめん、もうちょっと書かせて』とか、親の夢に付き合えと強いること自体、暴力ですよね。
 でも本屋大賞を戴いた時に、子供達は小説こそ読まないけれど、『ここまで頑張ったママは凄いしカッコいいし、応援する』と言ってくれた。そんな我が家なり、、、、、新しい関係、、、、、を、行きつ戻りつしながらも築けたこと。そして人は幾つでも成長できるし、変われるんだという体感が、本書の根底にもあります」
 作中でも親が子を一方的に支える従来的な関係とは違い、その時、支えられる人間が年齢や血縁も抜きに支える双方向性が印象的だ。
 例えばくだんの授業参観の日、帰るなり食事に連れ出され、年の離れた恋人柘植つげを紹介された宙は、柘植と佐伯が鉢合わせしないよう画策。しかし、結果的には花野と口論になってしまい、〈あー。やっぱ、無理だわ〉と頭を抱えた母の呟きを〈わたしのこと無理だって言った〉と聞いてしまう。
 その関係を修復したのは佐伯で、彼に特製パンケーキの作り方を教わった宙は、それを誰と食べるかで美味しくもまずくもなることや、弱さや淋しさを大人もまた抱えて生きていることに、少しずつ気づいていくのだ。

抑圧する側の視点も描きたい

 幼くして母親が男と逃げ、祖父母に酷い扱いを受けた花野や、姉と自分を比べ、より多くを求めがちな風海。また宙が成長過程で出会う友達や彼氏やその家族にもそれぞれ事情があり、その何が悪と特定できないほど複雑で抑圧されたあり様は、ほっこりなどとは程遠い。
「よく言われます。抉られたとか、刺さるとか。ただ、この種の苦しみを私は意識的に書いてもいて、弱者の側に寄り添う一方、抑圧する側の視点もできるだけ描けたらと思うんです。虐待せざるを得ない人なりの理由があったり、それしか愛し方を知らない人がいたり、その人がなぜそうなったかまで書きたい。そしてその過酷な泥沼から立ち上がる瞬間や気づきを、読者の明日に繋がる物語に書いて、伝えていきたいんです」
 誰もが完璧ではない中、視点次第で見え方が変わる「様々な角度の理解」は、小説だから体感できるのだと。
「それがあればもっと人にも優しくできるかもしれないし、誰かが過去に示してくれた自分では思いもつかない解決法に気づけるかもしれない。あ、そうか、あの人がこう言ってたって。
 そうやって大事なことを、バトンみたいに渡していけたらなって思うんです」
 人はいつか死に、関係も変わるが、私たちは誰かに託された知恵や力を頼りに、また別の誰かを救うこともできる。その順不同でお互い様な循環が機能する限り、現代の生きづらさも少しは解消されるのかもしれない。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2022年6.10/17号より)

初出:P+D MAGAZINE(2022/06/21)

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