【著者インタビュー】ヒオカ『死にそうだけど生きてます』/「貧困とは、選択肢が持てないということ」――自身の壮絶な人生をたどるエッセイ集

貧困と暴力の中を生き延びた著者が壮絶な半生と日本社会への怒りを綴った話題の書についてインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「貧困はあなたの隣にもある、もっと身近で、にもかかわらず『見えていない』問題です」

『死にそうだけど生きてます』

CCCメディアハウス 1650円

本書は「今までのこと─どこにも居場所がなかった」そして「その後のこと─居場所で考えた14の断片」の大きく2部構成になっている。幼い頃について綴った文章にこんな一節がある。《檻のなかの十八年間は、熱せられた板の上で弱々しく踊る灰のようだった。板の下には燃えさかる炎があって、迫る灼熱に、なす術もなく身を預け、堪え忍ぶ》。ヒオカさんが受けた暴力、強いられた我慢と屈辱が具体的なエピソードで、しかし淡々と綴られていく。そしてPart2ではそれがヒオカさん個人のことにとどまらず、いまの日本社会にとっていかに喫緊の課題で、にもかかわらず、いかに見落とされてきたか、鋭い分析がなされていく。

ヒオカ

1995年生まれ。ライター。本書のプロフィール欄は本文の筆致とは一転、熱くエモい文章で読ませる。《心の師匠は、中川家、羽生結弦さん、平手友梨奈さん。「表現すること」について、多大なるインスピレーションを受けている。彼らについてはリスペクトが深すぎて、何時間でも話すことができ、語彙総動員のマシンガントークが周囲に「キモい……」と言われている(以下略)》。ぜひそちらもお見逃しなく。

自分の中に第三者の書き手がいて、記録している感じ

「note」で公開した「私が“普通”と違った50のこと―貧困とは、選択肢が持てないということ」が話題になり、20代の論客として注目を集めるヒオカさん。『死にそうだけど生きてます』は、彼女自身の壮絶な人生をたどる、初めてのエッセイ集だ。
 育ったのは中国地方の過疎地の村。一家が暮らす団地には貧困世帯が集まっていた。父は精神障害を患って仕事が続かず、母を殴り、娘たちを怒鳴った。中学校ではいじめに遭って、一時、不登校に。
 勉強をがんばって高校は進学校へと進み、関西の公立大学に合格するが、シェアハウスでの切り詰めた生活で体調を崩す。就職先はブラック企業で退社‥‥。自分の人生を切り開くべく、努力してやっと階段を上がると、そこには新たな苦難が待ち受けている。淡々とした筆致で書かれてはいるが、毎日が綱渡りで、目の前にいるヒオカさんに、よくここまでひとりで切り抜けてこられたな、と思ってしまう。
「書くのつらくない?って何度も聞かれるんですけど、自分ではそれほど大変だとは思ってなくて。自分の中に第三者の書き手がいて、その人が客観視して、記録している感じです。
 それでも時々、ヒリヒリすることは、えぐられている感じがよみがることはありますね。ただ、もっとすごい大変なかたのことをたくさん知っているので、自分はそんなでもないかな、という気持ちもあります。私こんなに大変だったの、というウエットな感じでなく、読んだ人が自分の隣にもこういう人がいるかもしれないと思ったり、私の体験を通して社会構造の問題が見えたりするように書きたかったですね」
 自分のことを書いてみようと思ったのは今から2年前、24歳のときだ。ヒオカさんの生い立ちを知る知人の編集者から、当事者であるあなた自身の経験を書くべきだと勧められて書いた「note」の記事は異例のページビューを獲得した。
 本の中にも出てくる「可視化する」という言葉が、ひとつのキーワードになっている。
「『見えていない』という思いが自分の中に強烈にあって。裕福な家庭で育った大学の友だちと話したり、あと政治家の発言を見たりしていると、そもそも見えてないんだな、という実感が強くあったんですね。議論にもならず、何かあると真っ先に切り捨てられてしまう。
 逆に報道で取り上げられるときは、えげつないところだけ抽出してセンセーショナルに書かれて、それもフィクションのような感じがしてしまうんです。もっと身近な、誰もが通るようなところでも実はこういう違いがある、っていうことを可視化したいと思いました」
 見えてなかったものを見えるように書いたヒオカさんに対して、見たくない人たちから思いがけない反応が届くことがある。「note」の記事が「バズった」(アクセスが集中すること)ときには、匿名の心ないコメントもたくさん届いたそうだ。
「一時期はほんとうにひどくて、精神的にしんどくなってしまいました。ひどいコメントにはいくつか種類があって、1つは貧困を経験したことのない人からの、じゃあなんで高卒で働かずに大学行って、ライターなんて稼げないことをやってるんだ、というもの。もう1つはもっとひどい立場にいる人からで、おまえは大学に行って、パソコンを持って、ライターやってて、貧困ぶるな、そんなの貧困じゃない、っていうやつですね。貧困の連鎖を断ち切る唯一の方法が大学進学だと私は思うんですけど、それすら認められない人たちがいる‥‥。
 あと、そんな貧困状態で子どもを産むな、というのも結構ありました。それを子どもの立場である私に言われても」
 自分のやり場のない怒りや不満をぶつける相手を間違えている気がする。

「貧困」は、人間のどす黒い感情に触れてしまうのかも

 物価の高騰を受けて、非課税世帯に5万円給付すると政府が発表したときも、低所得者層を非難する声が出た。
「貧困というワードは、なにか人間のどす黒い感情がたまっている部分に触れてしまうのかもしれません」とヒオカさん。
 本では、これまでを振り返る各章の冒頭に、コロナ禍でも出勤して働かざるをえない日常を描いた、「コロナ日記」が挿入されている。
「コロナでリモートワークが進んだと言われますが、そもそもリモートできない職種はいくらでもあって、ステイホームできる人はほんの一部。『ステイホーム貴族』なんですよ。でもその人たちにとってはそれが当たり前で、飲食業の人に向かって『自己責任だ』なんて言う」
 国会議員をはじめとする、これまで一度も貧困を経験したことがない世襲の権力者に、自分の本をぜひ読んでもらいたい、と言う。
 本の感想は心ないものばかりではもちろんなく、自分の人生は自分で築いたように思っていたけど、努力する環境さえ得られない人もいることに気づいた、といった感想も広く寄せられている。
 現在は、映像編集の仕事をしながら、ライターとして2つの媒体で連載を持っている。
「音楽でもスポーツでも、小さいころからお金をかけてもらって習わないとスタート地点にすら立てないけど、文章を書くことは唯一、無課金勢であるたたき上げの素人が、めちゃくちゃ課金されてきた人たちと対等にわたりあえることなのかな、と思います。
 ノンフィクションライターで食べられる時代は終わったとよく言われますけど、それって変ですよね。私はオールラウンドにいろんなことが気になるほうなので、エンタメ評やドラマ評ももっと書きたいし、いつか大好きな中川家さんにインタビューしてみたいです」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 雨宮まみさんの『東京を生きる』(大和書房)。雨宮さんがすごく好きで、何度も読んでいます。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 柚木麻子さん。

Q3 座右の一冊といえる本はありますか?
 ずっと心に残ってて何度も読み返すのは宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』。いつ読んでも、心に響くものがあります。

Q4 最近見て面白かった映像作品は?
 最近の作品とは言えないけど、ドラマ『Nのために』『アンナチュラル』など、新井順子さんと塚原あゆ子さんの黄金コンビの作品が大好きです。社会問題に切り込んで、なおかつエンターテインメントとして見せられる。面白くて絶対見ちゃいます。

Q5 最近気になるニュースは?
 奨学金にまつわるもろもろのこと。返済できなくて自己破産する人、負担があまりにも大きいのに給料は上がらず物価が高くなって、返せない人がたくさんいるという事実です。

Q6 趣味は何ですか?
 お笑いを見ること。中川家さんがすごく好きです。いつかインタビューしたいなあ、と思います。

Q7 何か運動をしていますか?
 してないです。すごくしたいです。ストレスがたまっていて、キックボクシングを始めてサンドバッグをばーんって蹴りたいんですけど、月謝が1万5000円ぐらいして。払えるようになったら始めます。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/浅野剛

(女性セブン 2022年11.3号より)

初出:P+D MAGAZINE(2022/11/19)

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