◎編集者コラム◎ 『こんぱるいろ、彼方』椰月美智子

◎編集者コラム◎

『こんぱるいろ、彼方』椰月美智子


 はじまりは、「ボートピープルのことを書きたい」という椰月美智子さんからの提案だった。単行本刊行時のエッセイインタビューで、椰月さんがその経緯を伝えてくださっている。気になる方はぜひ読んでほしい。

 ボートピープル。戦争などの混乱から逃れるために船(ときには舟かもしれない)に乗って祖国を離れ、難民となって外国にたどり着いた人々だ。『こんぱるいろ、彼方』では、ベトナム戦争終結後、船に乗って日本にやって来た家族のその後を描いている。

 ベトナムからの難民の記事は、当時の新聞やニュースでよく見かけた。小さな船にぎゅうぎゅうに人が乗っている写真にはとても驚いた。でも、小学生の私にとってはどこか遠い場所の話で、いつの間にかとても驚いた写真のことも忘れてしまっていた。椰月さんの知り合いに、ボートピープルとして日本に来て、いまも日本で暮らしている人がいると聞いて、ハッとした。その方たちに話を聞き、ベトナム戦争について書かれた本を読んだ。ベトナムにも出向いた。戦跡を訪ね、ニャチャンの海を眺めた。

 椰月さんはそのすべてを、この作品に込めた。複雑なベトナム戦争の経緯をわかりやすい言葉で主人公に語らせ、穏やかな海や太陽の光を、現在も人々の生活に差す戦争の影を、臨場感あふれる言葉で表した。ベトナムの戦争の歴史と、日本に暮らす現在の私たちを、この物語でつないだ。かつて遠いと思っていた出来事が、私たちの物語になった。

 多くのひとに届けなければいけない、そう思いながら単行本を作った。発売日は2020年5月14日。新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の真っ只中だった。プルーフを読んだ書店員さんから、たくさんの熱い感想をいただいていたのに、営業を縮小しているお店も多く、書店に並ぶ本を椰月さんと一緒に見ることもできなかった。

 それから3年が経った。戦争と難民という言葉が、その後これほど身近になるとは、はじまりのころは思ってもいなかった。それはとても残念なことだ。でも、だからこそ今、この小説をたくさんのひとに届けたいと思っている。

 文庫には、小説家の早見和真さんに解説を寄せていただいた。椰月さんの小説と出会い、作品を読み続け、そして『こんぱるいろ、彼方』をどのように読んだか。

 ぜひ、最後の一ページまで読んでください。

『こんぱるいろ、彼方』写真
早朝のニャチャンの海。老若男女が泳ぎに来ていた

──『こんぱるいろ、彼方』担当者より

こんぱるいろ、彼方

『こんぱるいろ、彼方』
椰月美智子

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