武田綾乃さん『ここはこどものいない国』*PickUPインタビュー*

「子どもがほしい」って、何だろう
人間が工場生産され、赤ん坊はペットとなった世界
「少子化ってなんだろう、子どもを産むってどういうことなんだろう、ということを考えたくて書いたんですけれど、みなさんにどう受け止められるだろうと思っていて……」
アニメ化もされた「響け! ユーフォニアム」シリーズや、吉川英治文学新人賞受賞作『愛されなくても別に』など、現代の若い世代の心情を鮮烈に描いて支持を得る武田綾乃さんが、新作『ここはこどものいない国』で選んだ舞台は近未来。帯には〈ディストピア×シスターフッド〉とある。
「書いている間、自分ではディストピアと思っていなかったんですよ。編集者さんが書いてくれた帯のこの言葉を見て、ああ、ディストピアだったのかと気づいて、しっくりきました(笑)」
西暦2226年。人間が工場生産されるようになった社会で、人間の母親から生まれたという異例の存在である美奈子。彼女が働くPB=ペットベイビーの生産工場に、新たに配属されてきた年下の伊藤類は、優秀な経歴を持つ幹部候補社員。そんな伊藤が、妊娠しているという──。
「人が〝子どもがほしい〟と言う時、ペットのような意味でほしいのか、産んで育てて大人になっていく生き物としての子どもがほしいのか、どっちなんだろうと思って。自分も子どもを産んだ時は赤ちゃんを想定していて、その後10歳、20歳、30歳、40歳になっていくところまで考えていなかった気がします。もしも大多数の人が、子どもはほしいけれど子育てで大変な思いをしたくない、子どもは勝手に育ってほしい、と考える世界だったらどうなるんだろうと思いました。現代でもそれが本音の人は多い気がしますが、本当にそれが実現した時、人間は幸福になるのか、そうではないのか、考えてみたかった。最初に浮かんだのはPBという言葉で、その時は〈ペットボトルベイビー〉という意味でした。自販機で赤ちゃんが生まれる世界を書こうと思っていたんですが、その設定だと自分が書きたい物語と乖離してしまうのでやめたんです」
工場で生産される人間は、18歳になるまで全寮制の『学習舎』で教育を受けて育てられるため、一般社会ではなかなか子どもを見かけない。つまり、人々が日常で見かける赤ん坊はすべてPBだ。彼らは生後七か月くらいで成長を止め、十年足らずで生涯を終えるという。夜泣きもせず、いつでもにこやかで手間暇がかからないのも大きな特徴だ。
「〝可愛い赤ちゃんがほしい〟という意味で〝子どもがほしい〟と言う人もいる。もしも実際にペットベイビーがいたら、それを望む人はいると思うんです」
美奈子の職場にもPBを飼って可愛がっている同僚がいる。だが美奈子自身は、PBを可愛いと思ったことがない。むしろ、嫌悪感すら抱いている様子だ。
欲望を克服した人々の思考回路
本書の世界では、人間は食欲、睡眠欲、性欲という三大欲求を克服している。食事は完全栄養食のスティックバーなどで済まされるようになり、手のかかる料理は富裕層向けの高級店で提供される娯楽となった。睡眠補助剤の登場により人々の睡眠時間は極端に短縮され、1日の活動時間が延びた。また、人間が工場生産されるようになり生殖活動が不要となったため、男女とも14歳頃にホルモンバランスを調整し、精子・卵子の排出を止めるのが通例で、人々の性欲は減退した。
200年後の社会を舞台にしたのは、人工出産の技術が進んだ世界を想定したからであるが、他にも明確な理由があった。
「作中にSNSを出したくない、という気持ちがありました。現代を書くとなるとネット世界の息苦しさは切り離せませんが、もういろんな小説で書かれているので、私は別に書かなくていいかなと思って。未来にもSNSはあるだろうけれど今とは違う形式になっているだろうし、そもそも主人公はSNSに親しんでいない、という設定にしました。未来といっても、今後人間の日常生活に大革新が起きることはあまり想像できなかったので、ガジェットはそこまで変化は出しませんでした。あさのあつこさんの『NO.6』のような近未来小説も好きなので、そういう世界の仕組みを掘り下げる話もいいなと思いましたが、今回は現実とは違う世界の日常を書きたくて。世界観は壮大ですが、基本的には日常の話です。いろんな話が派生できる設定であるとは思います」
全自動車が普及していたりはするものの、たしかに大人たちの暮らし方に大きな変化はなさそうだ。ただし生き方に関してはずいぶん違う。工場で生まれた子どもたちは『学習舎』に集められるため、親子という関係性がなくなっている。生まれた家庭環境によって人生を左右される心配がなくなった、ともいえる。
「親ガチャだとか子ガチャだといった言葉ってよく耳にしますよね。大人も不満を言えば子どもも不満を言って、総不満時代になっている。家族というものに過度な期待があるのかな、とも思います。じゃあガチャの要素を排除して100%平等にするとこうなるけれど、これは本当に平等なの? などと思いながら書きました。それに、現実世界でも、人間を労働力とみなして育てようとしているなという感覚があって。その要素を強くしたのが、作中の人間工場と『学習舎』です」
一方、政府にさからい、自然に従った生活を実践している人々もいる。美奈子はそんな人々が集まる青森の集落で母親から生まれ、手料理を食べて育った。だが母親との間に確執が生まれ、18歳になると自然派の子どもを支援する制度を利用して東京に出て就職した。PB工場の廃棄物管理課処理班に所属する彼女の仕事は、ベルトコンベヤーで運ばれてくる社内のゴミを目視し、貴重品を含む私物や産業廃棄物が混入していたら取り除くこと。それこそAIに任せたらいい仕事なのでは、と思ってしまうが、それは強者の考えにすぎない。
「人間保護のためにあえて作られた、雇用枠の仕事といえますよね。でも、もしもっと高い能力レベルで仕事を線引きされたら、自分の今の仕事だって人間保護のための仕事だと言われるようになるかもしれません。『みんなに仕事があって、みんなにお給料が出て、みんなが幸せに暮らせる世界がいいよね』と全員が考えている社会ってこうなるんじゃないか、みたいなことを考えて書きました」
子どもたちのうち、大学科に進むのは『学習舎』で優秀な学力をおさめたごく少数だけ。他の子たちは、学力によって仕事を割り振られていく。本人が自由意志で生き方を決めることは難しい世界だ。
「もしも政府が100%子育てをしたら、子どもに自己実現させるメリットはないだろうと思います。今の社会では、子どもに幸せになってほしいという大人がいるから、進学先も生き方もいろいろな選択肢がある。そういう大人がいない世の中では、子どもは労働力としてみなされ、適したところにテトリスのように配置されていく。そこに悪気はないんです。単にそういうルールになっていて、みんながそれを受け入れている世界、という設定です。みんな、現代の我々とは思考回路が違うんです」
確かに、美奈子以外の人々に、与えられた立場に不満がある気配はない。
「この話って美奈子以外はみんな、からっとしているんですけれど、それはそういう精神的な思考回路になっているという設定なんです。作中には書いていませんが、工場出産児たちは鬱になる生物的な要因を排除された状態で生まれている。身体も丈夫だし、心を病んで仕事を休むこともない。マックスで社会に適応できるようになっている、というイメージです。自然派の子どもである美奈子だけがずっとウジウジしている。私は美奈子の気持ちのほうが分かるんですけれど」
美奈子と伊藤、それぞれの立場と関係性
美奈子に妊娠を明かした伊藤も、悩んではいなさそうだ。ポジティブな思考回路で妊娠・出産に突き進み、そして美奈子を信頼して積極的に好意を示してくる。
「伊藤に関しては、めちゃくちゃ出産したがっている子を描きたかったんです。これは現代にも通じる話ですが、そういう人っていると思うんですよね。今って、『女の人は本当は子どもを産みたくないんだよ。男の人と同じように出産を経験せずに子どもが欲しいんだよ』という主張がSNSで溢れていて。たしかに妊娠すると仕事を休まなければいけない期間があるし、働きたくても働けなかったりしますよね。それに、肉体的な負担がとにかく大きい。私も、十か月間お腹を膨らませなくて済むなら、機械に産んでほしいと思う派です。でも、友達と話していると、とにかく子どもを産みたがっている子って確かにいるんですよ。妊娠・出産という行為が好き、みたいな。そういう子って現代ではいないことにされがちなんですよね。〝私は絶対に自分のお腹を痛めて産みたい!〟と言うと、女の人に〝そんなわけがない〟と言って否定されるくらい。代弁者となった女の人が出産の大変さを主張すればするほど、女の人の中の少数派の意見は掬い上げられなくなっていく。みんな社会をよくしようと思って発言しているのは分かるんですけれど、片側の意見で社会が染まっていくのは怖いなと思います。伊藤は〝そんな人はいない〟と言われる側の代表、みたいな感じで考えていきました」
ちなみにこの世界にも結婚制度は存在している。といっても、男女が家庭を作る目的で交わすものというよりも、生活を共にする人同士の約束といった印象だ。
「私の推測では、『学習舎』の寮で常に人がそばにいる生活をしてきたぶん、一人でいたくない気持ちが生まれると思うんですよ。むしろ同居したい人、生活を共にしたい人が現れやすいんじゃないかな。現代の結婚では子どもを作るかどうかが前提になることが多いから相手を吟味すると思うんですけれど、それがなければ、気の合う友達とぱっと結婚して、幸せな生活を送る人もいると思います。それがいいか悪いかは別として、結婚離婚がそんなに重い意味を持たなくなっている世界なんじゃないかな、って」
伊藤は美奈子と結婚したい、とも言い出す。そんな美奈子は青森の母親と連絡を絶った身だ。つまり彼女たちは、工場生まれで家族をほしがる伊藤と、人間から生まれ家族を捨てた美奈子という、正反対の二人なのだ。
「出産とは何かというテーマの他に、大人になれなかった子どもが大人になるというテーマも考えていました。美奈子は、成長して社会で労働者となって一人前のように見えるけれど、子どもの頃の傷が深くて未熟なままでいるんです」
そんな彼女の心がどのように変化していくのかも、本作の読みどころである。
社会と個人の関係についても考えた
「私が『愛されなくても別に』でゴリゴリの毒親から子どもたちがサバイブする話を書いた時、すでに毒親というワードは流行っていました。今では子どもが、毒親とまでいかない親のことも〝うちは親ガチャに外れた〟みたいなことを言うんですよね。毒親って、本当に救い出さなければならない子どもたちのための言葉だったと思うんですけれど、言葉が広がるにつれてどんどん軽くなってしまっている。子どもは世界が狭いので、親に文句を言うのは分かります。でも最近、成長して社会人になって子どもを持っておかしくないような年齢になってからも、子どもの時の目線のままで親に文句を言っている人たちが多いなとも感じます。トラウマ改善のために必要なことではありますが、それとは別に、〝勝手に産んだんだから親は子どもの面倒を一生見る必要がある! 大人なんだから自立しろだなんて虐待だ!〟などという主張を見ると、〝それは尊厳を放棄して、自分からペットになることを望む行為だよ〟ともどかしい気持ちになることがあります。いくつになっても親が自分にしてくれなかったことばかり言っている人を見ると、子どもの頃に傷ついた心が回復しきらないうちに大人になって、ずっとその傷口に自分で指を突っ込んで広げているな、って思うんです。私自身もそのような人間だったので気持ちは分かるんですが、それを続けていても脳がどんどんダメージを受けるだけで、良いことが全然ない。なのでどこかで子どもだった頃の自分と今の自分の間に境界線を引いて、親からの愛を求め続けるのではなく、自分で自分を愛する練習をするのが大事なんじゃないかと思います。それが結果的に自立に繋がるというか。私は、子育てって子どもが自立するところがゴールだと思っています。虐待などは勿論ダメですが、どんなに親子仲が悪くても、子どもが自立して自分の世界を持って生きていけるようになったら、それはそれで健全なことな気がします」
美奈子は真に大人になり、自立するのか。また、PBを可愛いと思ったことがない彼女が、生まれてくる伊藤の赤ん坊に対して何を感じるのか。
「大人として、社会の共同責任者になるってどういうことかな、ということも考えました。人と社会って、互いに何かしてもらい、何かしてあげることで関係が成り立っている。でも人って社会にしてほしくないこと、してもらえなかったことばかり考えがちで、自分が社会にしてあげられることをあまり考えていないとも思う。それでどんどん息苦しい社会になってしまっているんじゃないのかな、って。そういう、社会と個人ってなんだろうというところも今回書きたかったところです」
学生時代にデビューを飾り、年齢を重ねるごとに、書ける世界を広げていっている武田さん。今回のような大胆な思考実験を行った作品ははじめてだったが、意外にも「するする書けました」という。
「もしかすると、自分にとって書きやすい題材なのかもしれません。こういう変則的な世界設定のお話は、今後も書きたいと思いました」
というから、これからも深いテーマに切り込んでいってくれると期待してしまう。
武田綾乃(たけだ・あやの)
1992年京都府生まれ。第8回日本ラブストーリー大賞最終候補作に選ばれた『今日、きみと息をする。』が2013年に出版されデビュー。『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』がテレビアニメ化され話題に。21年『愛されなくても別に』で第42回吉川英治文学新人賞を受賞。その他の著作に、「君と漕ぐ」シリーズ、『石黒くんに春は来ない』『青い春を数えて』『その日、朱音は空を飛んだ』『どうぞ愛をお叫びください』『世界が青くなったら』『噓つきなふたり』『なんやかんや日記 京都と猫と本のこと』『可哀想な蠅』などがある。






