◉話題作、読んで観る?◉ 第62回「渇水」

◉話題作、読んで観る?◉ 第62回「渇水」
監督=髙橋正弥|脚本=及川章太郎|音楽=向井秀徳|企画プロデュース=白石和彌|出演=生田斗真/門脇麦/磯村勇斗/山﨑七海/柚穂/宮藤官九郎/池田成志/尾野真千子|配給=KADOKAWA
6月2日(金)より全国ロードショー
映画オフィシャルサイト

 立川市役所水道部に長年勤めた河林満が1990年に発表した『渇水』は、芥川賞候補に選ばれた珠玉の短編小説だ。河林が2008年に亡くなったことから再評価される機会を失っていたが、助監督経験の長かった髙橋正弥監督が10年がかりで映画化。貧困や育児放棄といった現代的なテーマに向き合った社会派ドラマに仕上げている。

 主人公の岩切(生田斗真)は地方都市の水道局職員。後輩の木田(磯村勇斗)と共に、水道料金を滞納している家々を回って、停水執行する毎日を送っている。真夏日が続くある日、岩切たちは小学生の姉妹、恵子(山﨑七海)と久美子(柚穂)に出会う。母親の有希(門脇麦)は定職に就いておらず、家を空けていることが多かった。すでに停水予告書を送っていた岩切は、姉妹が見ている前で停水せざるを得なかった。

 是枝裕和監督の『万引き家族』と同様に、格差社会の底辺を生きる人たちの物語だ。ライフラインである水道を停水することに罪の意識を感じつつも、社会のルールに従って岩切たちは、止水栓を閉めて回る。乾いた街と同じように、岩切の心も次第に潤いを失っていく。

 原作は悲劇的な結末を迎えるが、生前の河林は「あのラストシーンから、読者のなかで別の物語が始まるんだと、私は思っています」とインタビューで語っていた。髙橋監督は遺族の了解を得た上で、脚本家の及川章太郎と脚色し、希望を込めた結末に変えている。

 両親からの愛情を感じることなく育った岩切は、自身も父親としての自信が持てずにいる。そんな岩切は、停水執行は仕事だと割り切っていたが、まだ幼い恵子と久美子の姉妹を放っておけない。常識に縛られていた岩切は、自分自身に対してささやかな反乱を起こす。岩切の行動が、カラカラに乾いていた街の風向きを変えていく。

 13年ぶりの監督作となった髙橋監督は、売れない映画監督を主人公にした『愛のこむらがえり』の公開を6月23日(金)に控えている。こちらも人生に行き詰まった主人公が自身を見つめ直し、活路を切り拓く物語だ。自分たちを変えることができれば、世界の流れも変えることができる。髙橋監督の作品を観て、そんな言葉が思い浮かんだ。

原作はコレ☟

渇水

『渇水』
河林 満/著
角川文庫

(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2023年6月号掲載〉

連載[担当編集者だけが知っている名作・作家秘話] 第8話 北方謙三さんと直木賞
採れたて本!【国内ミステリ#09】